GCF®プロジェクト進捗情報一覧
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年末のご挨拶
こんにちは、Amacare代表の田口です。 年末になってきましたが、いかがお過ごしでしょうか? 海士町での年末は移住者なども帰省し、静かな年末年始になります。 そんな年末年始の静かな海士町の中で、大声をあげ続けクラウドファンディングもなんとか45万を超えました!! 1人1人の皆さんの力が、少しずつ積み上がってくると同時に感謝の気持ちも積み上がってきます。 まだまだこれから高い山に向けて、登りきれるかどうか不安な気持ちと闘いながら職員一同頑張りますので、応援お願いします。 皆さんが残りわずか良いお年で、終わりよければ全てよしとなりますように。
『島で最期まで暮らしたい』その願いを灯す。 100本超えの竹あかりで「光る隠岐國展」を開催したい!
島根県海士町
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【応援コメント13】臨済宗妙心寺派 龍雲寺 住職 細川晋輔さん
◾️細川晋輔さんについて 臨済宗妙心寺派 龍雲寺 住職 細川晋輔さんから応援コメントが届きました。 細川さんは、地域に開かれたお寺のあり方を大切にしながら、日々の法務や対話を通して人々の声に耳を傾けてこられました。 お寺が持つ「寄り添い」や「見守り」の力を現代社会の中でどう生かすかを考え続けておられ、その実践は、おてらおやつクラブが目指す、やさしさが循環する仕組みとも深く重なっています。 ◾️応援コメント 私には忘れられないエピソードがあります。おてらおやつクラブの講演会で伺ったお話です。ある子どもが、おすそわけを受け取ったときに、ぽつりと「羊羹とかの和菓子じゃなくて、もっと普通のお菓子が食べたい」とつぶやいた——。 その言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられるような思いがいたしました。もちろん、羊羹や和菓子が大好きなお子さんもおられますし、「贅沢を言わずにいただきなさい」と諭すこともできたでしょう。しかし私たちが本当に願っているのは、子どもたちが自分で"好きなお菓子"を選べる社会です。「これが食べたい」と言える、そのささやかな願いこそ、まさに子どもらしさそのものではないでしょうか。 今、その取り組みを支えるために、ふるさと納税によるご協力が呼びかけられています。 子どもたちが自分らしく選択できる社会であるために、どうかこの思いやりの輪に加わってくださいますよう、心よりお願い申し上げます。
【子どもの貧困】見捨てない。あなたの支援で、子どもたちに食べ物とつながりを。
奈良県天理市
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まちなかベンチプロジェクト応援メッセージいただきました🔥✨|とし様より
とし様より 街や散歩中にあるベンチには、座るだけでない 良いことが多くあると思います。プロジェクト応援してます。
まちなか「えんがわベンチ」プロジェクト ゆるやかなつながりを育む岐阜へ
岐阜県岐阜市
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まちなかベンチプロジェクト応援メッセージいただきました🔥✨|黒木萌様より
黒木萌様より 障害のある人や高齢になった人、またそうじゃなくても、道ばたに「ちょっと座れる」場所があったなら、心にも身体にも余白が生まれるはず。 いつもは素通りする場所も、ベンチに腰かけてみることで、違う表情が見られるかも。 いぶき福祉会さんの取り組みを応援します📣✨
まちなか「えんがわベンチ」プロジェクト ゆるやかなつながりを育む岐阜へ
岐阜県岐阜市
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まちなかベンチプロジェクト応援メッセージいただきました🔥✨|とっちゃん様より
とっちゃん様より 僕は散歩が大好きです! 特に晴れた日の心地よい風が吹くのを感じながら歩くのは、楽しいです。 1人では歩けないので、いつも一緒に歩いてくれる人に手を支えてもらい、僕のペースで歩いています。 ベンチがあれば、休憩してから、また歩けます。 楽しい時間が増えます。
まちなか「えんがわベンチ」プロジェクト ゆるやかなつながりを育む岐阜へ
岐阜県岐阜市
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まちなかベンチプロジェクト応援メッセージいただきました🔥✨|とこ様より
とこ様より 素敵なプロジェクトです! 岐阜のまちに、たくさんのベンチが出来たら 嬉しいです!
まちなか「えんがわベンチ」プロジェクト ゆるやかなつながりを育む岐阜へ
岐阜県岐阜市
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【御礼】2025年、皆さまのご支援で救えた命。そしてこれから救いたい命のために
ふるさと納税を通じてあたたかいご支援を賜り、誠にありがとうございます。皆さまのご支援のおかげで、広島県は2016年以降、殺処分機の稼働を止め続けています。そして、これまでに5,300頭以上の保護犬を、幸せな家族に繋ぐことができました。この経験をもとに、私たちは保護から譲渡までの循環モデルをさらに発展させ、「向こう10年で全国の殺処分ゼロ」をめざして活動を拡大しています。 ――全国の「殺処分ゼロ」を目指して 行政からの引き出し要請はいまも続いていますが、広島県内の野犬や遺棄犬は少しずつ減り、確かな変化が生まれています。一方、全国では今も2,118頭の犬が殺処分されており、その過半数は四国・九州地方が占めています。 私たちは2024年から四国・九州での保護を開始し、2025年3月には、殺処分数ワースト1位の徳島県と「動物愛護・福祉の推進等に関する協定」を締結しました。徳島県内の行政施設から犬の引き出しを開始して以来、徳島県の殺処分機は稼働を止め続け2026年3月で1年になろうとしています。 広島県や徳島県といった、野犬が多い地域で「殺処分ゼロ」を実現してきたピースワンコの取り組みをモデルケースとして、今後も殺処分が多い地域へも活動を拡大し、全国の「殺処分ゼロ」実現を目指していきたい考えています。 ――犬を救うことは、人を救うこと 2024年12月から法務省矯正局と連携して尾道刑務支所と松江刑務所で開始した、全国初の「保護犬プログラム」も1年を迎えました。 恐がりな保護犬が人と接する機会を重ね、人馴れトレーニングをすることで譲渡につなげていくことを目指すと同時に、受刑者が保護犬のお世話を通して心身の健康や社会適応能力を向上させ、更生や再犯防止となることを目指した取り組みです。このプログラムに参加した元野犬「パクス」は、とても怖がりで最初はゲージに隠れ出てこないほどでしたが、人との信頼関係を築けるようになり譲渡へとつながりました。 受刑者からは 「自分がちょっと人間に戻れた気がした」 「弱いものに優しくする当たり前のことを思い出した」 といった声が寄せられ、刑務官からも更生・再犯防止に効果的だとの評価をいただいています。 犬を救うことは、人を救うことーー。この取り組みの確かな手ごたえを胸に、今後もこの取り組みを継続・発展させていきます。 ――保護はゴールではなく、始まり 年末、私たちが広島県・徳島県の動物愛護センターに行くと、人を怖がる野犬やくくり罠で傷ついた犬、老衰や病気で衰弱した高齢犬など、どの子も行き場がなく、猶予のないワンコたちが待っていました。 ピースワンコは命の選別をせず、最後の砦として殺処分寸前となったすべての犬を受け入れています。神石高原シェルターで健康管理と医療ケアを行い、一頭一頭の状態に合わせた人馴れトレーニングを重ね、譲渡へとつなげています。愛情をもって接すれば、どの子も必ず変わり人と共生することができると確信しています。 神石高原シェルターでは、約2,000頭のワンコたちが暮らしています。避妊・去勢手術やワクチン接種、月齢に応じたフードや医療ケア、そして生存空間の環境整備など、飼育に関わる費用だけでも年間で10億円以上かかっています。 私たちピースワンコの活動は、公的な助成金や補助金は一切なく、皆さまお一人おひとりからのご寄付によって支えられています。その大きな支えとなっているのが、「ふるさと納税」を通じたご寄付です。 すでに「ふるさと納税」で応援してくださった皆さま、心より感謝申しあげます。 2026年度も活動を続けていくために、皆さまのお力が必要です。「ふるさと納税」がまだお済みでない方や、控除枠が残っている方がいらっしゃいましたら、「ふるさと納税」を通じてご支援いただけますよう、どうかよろしくお願いいたします。
【ピースワンコ】野犬の保護で8600頭の命を救い、「殺処分ゼロ」を広島から全国へ
広島県神石高原町
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【御礼】2025年、皆さまのご支援で救えた命。そしてこれから救いたい命のために
ふるさと納税を通じてあたたかいご支援を賜り、誠にありがとうございます。皆さまのご支援のおかげで、広島県は2016年以降、殺処分機の稼働を止め続けています。そして、これまでに5,300頭以上の保護犬を、幸せな家族に繋ぐことができました。この経験をもとに、私たちは保護から譲渡までの循環モデルをさらに発展させ、「向こう10年で全国の殺処分ゼロ」をめざして活動を拡大しています。 ――全国の「殺処分ゼロ」を目指して 行政からの引き出し要請はいまも続いていますが、広島県内の野犬や遺棄犬は少しずつ減り、確かな変化が生まれています。一方、全国では今も2,118頭の犬が殺処分されており、その過半数は四国・九州地方が占めています。 私たちは2024年から四国・九州での保護を開始し、2025年3月には、殺処分数ワースト1位の徳島県と「動物愛護・福祉の推進等に関する協定」を締結しました。徳島県内の行政施設から犬の引き出しを開始して以来、徳島県の殺処分機は稼働を止め続け2026年3月で1年になろうとしています。 広島県や徳島県といった、野犬が多い地域で「殺処分ゼロ」を実現してきたピースワンコの取り組みをモデルケースとして、今後も殺処分が多い地域へも活動を拡大し、全国の「殺処分ゼロ」実現を目指していきたい考えています。 ――犬を救うことは、人を救うこと 2024年12月から法務省矯正局と連携して尾道刑務支所と松江刑務所で開始した、全国初の「保護犬プログラム」も1年を迎えました。 恐がりな保護犬が人と接する機会を重ね、人馴れトレーニングをすることで譲渡につなげていくことを目指すと同時に、受刑者が保護犬のお世話を通して心身の健康や社会適応能力を向上させ、更生や再犯防止となることを目指した取り組みです。このプログラムに参加した元野犬「パクス」は、とても怖がりで最初はゲージに隠れ出てこないほどでしたが、人との信頼関係を築けるようになり譲渡へとつながりました。 受刑者からは 「自分がちょっと人間に戻れた気がした」 「弱いものに優しくする当たり前のことを思い出した」 といった声が寄せられ、刑務官からも更生・再犯防止に効果的だとの評価をいただいています。 犬を救うことは、人を救うことーー。この取り組みの確かな手ごたえを胸に、今後もこの取り組みを継続・発展させていきます。 ――保護はゴールではなく、始まり 年末、私たちが広島県・徳島県の動物愛護センターに行くと、人を怖がる野犬やくくり罠で傷ついた犬、老衰や病気で衰弱した高齢犬など、どの子も行き場がなく、猶予のないワンコたちが待っていました。 ピースワンコは命の選別をせず、最後の砦として殺処分寸前となったすべての犬を受け入れています。神石高原シェルターで健康管理と医療ケアを行い、一頭一頭の状態に合わせた人馴れトレーニングを重ね、譲渡へとつなげています。愛情をもって接すれば、どの子も必ず変わり人と共生することができると確信しています。 神石高原シェルターでは、約2,000頭のワンコたちが暮らしています。避妊・去勢手術やワクチン接種、月齢に応じたフードや医療ケア、そして生存空間の環境整備など、飼育に関わる費用だけでも年間で10億円以上かかっています。 私たちピースワンコの活動は、公的な助成金や補助金は一切なく、皆さまお一人おひとりからのご寄付によって支えられています。その大きな支えとなっているのが、「ふるさと納税」を通じたご寄付です。 すでに「ふるさと納税」で応援してくださった皆さま、心より感謝申しあげます。 2026年度も活動を続けていくために、皆さまのお力が必要です。「ふるさと納税」がまだお済みでない方や、控除枠が残っている方がいらっしゃいましたら、「ふるさと納税」を通じてご支援いただけますよう、どうかよろしくお願いいたします。
8300頭の命を救った広島から「全国殺処分ゼロ」へ。 野犬の保護・譲渡促進を | ピースワンコ
広島県神石高原町
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【御礼】2025年、皆さまのご支援で救えた命。そしてこれから救いたい命のために
ふるさと納税を通じてあたたかいご支援を賜り、誠にありがとうございます。皆さまのご支援のおかげで、広島県は2016年以降、殺処分機の稼働を止め続けています。そして、これまでに5,300頭以上の保護犬を、幸せな家族に繋ぐことができました。この経験をもとに、私たちは保護から譲渡までの循環モデルをさらに発展させ、「向こう10年で全国の殺処分ゼロ」をめざして活動を拡大しています。 ――全国の「殺処分ゼロ」を目指して 行政からの引き出し要請はいまも続いていますが、広島県内の野犬や遺棄犬は少しずつ減り、確かな変化が生まれています。一方、全国では今も2,118頭の犬が殺処分されており、その過半数は四国・九州地方が占めています。 私たちは2024年から四国・九州での保護を開始し、2025年3月には、殺処分数ワースト1位の徳島県と「動物愛護・福祉の推進等に関する協定」を締結しました。徳島県内の行政施設から犬の引き出しを開始して以来、徳島県の殺処分機は稼働を止め続け2026年3月で1年になろうとしています。 広島県や徳島県といった、野犬が多い地域で「殺処分ゼロ」を実現してきたピースワンコの取り組みをモデルケースとして、今後も殺処分が多い地域へも活動を拡大し、全国の「殺処分ゼロ」実現を目指していきたい考えています。 ――犬を救うことは、人を救うこと 2024年12月から法務省矯正局と連携して尾道刑務支所と松江刑務所で開始した、全国初の「保護犬プログラム」も1年を迎えました。 恐がりな保護犬が人と接する機会を重ね、人馴れトレーニングをすることで譲渡につなげていくことを目指すと同時に、受刑者が保護犬のお世話を通して心身の健康や社会適応能力を向上させ、更生や再犯防止となることを目指した取り組みです。このプログラムに参加した元野犬「パクス」は、とても怖がりで最初はゲージに隠れ出てこないほどでしたが、人との信頼関係を築けるようになり譲渡へとつながりました。 受刑者からは 「自分がちょっと人間に戻れた気がした」 「弱いものに優しくする当たり前のことを思い出した」 といった声が寄せられ、刑務官からも更生・再犯防止に効果的だとの評価をいただいています。 犬を救うことは、人を救うことーー。この取り組みの確かな手ごたえを胸に、今後もこの取り組みを継続・発展させていきます。 ――保護はゴールではなく、始まり 年末、私たちが広島県・徳島県の動物愛護センターに行くと、人を怖がる野犬やくくり罠で傷ついた犬、老衰や病気で衰弱した高齢犬など、どの子も行き場がなく、猶予のないワンコたちが待っていました。 ピースワンコは命の選別をせず、最後の砦として殺処分寸前となったすべての犬を受け入れています。神石高原シェルターで健康管理と医療ケアを行い、一頭一頭の状態に合わせた人馴れトレーニングを重ね、譲渡へとつなげています。愛情をもって接すれば、どの子も必ず変わり人と共生することができると確信しています。 神石高原シェルターでは、約2,000頭のワンコたちが暮らしています。避妊・去勢手術やワクチン接種、月齢に応じたフードや医療ケア、そして生存空間の環境整備など、飼育に関わる費用だけでも年間で10億円以上かかっています。 私たちピースワンコの活動は、公的な助成金や補助金は一切なく、皆さまお一人おひとりからのご寄付によって支えられています。その大きな支えとなっているのが、「ふるさと納税」を通じたご寄付です。 すでに「ふるさと納税」で応援してくださった皆さま、心より感謝申しあげます。 2026年度も活動を続けていくために、皆さまのお力が必要です。「ふるさと納税」がまだお済みでない方や、控除枠が残っている方がいらっしゃいましたら、「ふるさと納税」を通じてご支援いただけますよう、どうかよろしくお願いいたします。
4000頭を新しい家族につなげた広島から「全国殺処分ゼロ」へ|野犬の保護・譲渡促進を
広島県神石高原町
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能登半島地震からまもなく2年。石川県・珠洲事務所代表 橋本笙子
ふるさと納税を通じて温かいご支援を賜り、誠にありがとうございます。 皆さまのご寄付により、今も震災の復興のただ中にある奥能登で、私たちは今日も活動を続けています。来年も被災地に支援を届けられるよう、どうか応援をお願いいたします。 SNSでのシェアも、大きな力となります。 ------------------------- 2024年1月1日に石川県の能登半島で発生した最大震度7の大地震、追い討ちをかけるように同じ年の9月21日に発生した集中豪雨で、さらに多くの人が家や生業を失いました。 地震と豪雨によって過疎化と高齢化に拍車がかかる能登半島の突端・珠洲市で地震発生直後から支援活動を続ける現地事務所代表の橋本に話を聞きました。 ●「生きる選択は本人にある」 ――地震発生翌日に空飛ぶ捜索医療団ARROWSが物資・医療支援のために現地入りして以来、この2年間ピースウィンズは、被災者の見守り事業など様々な支援を行なってきて、今は子どもたちの安全な居場所を作る事業を市などと協力して進めています。 橋本さん自身、この2年の経験を経て思うのはどんなことですか? 橋本:「生きる選択は本人にある」ということです。それを痛感したのは、9月の集中豪雨で孤立した集落から高齢女性を救出しに行ったときのこと。その人は「このヘリはどこに行くの?」と聞きました。「市内の仮設住宅です」と言うと、「市内ならば」と納得して乗ってくれました。 後から聞くと、行き先が市外だったらヘリコプターには乗らなかったと言うのです。地震の後、しばらく金沢の親族の家で暮らしたけれど、珠洲に帰りたかったと。この人は快適さや便利さより何より、「どんな隅っこでもいいから珠洲市内で暮らしたい」と願っていました。 もうひとつの例は、地震発生の前日に体調を崩して入院していた高齢男性です。 幸い後遺症もなく10日ほどで退院したのはよかったのですが、自宅が全壊していたために寒いなか、夫婦は車庫で暮らしていました。同居していた子ども一家が市外で「みなし仮設」を使って生活を始めたために珠洲に残った老夫婦は仮設住宅にはいることができない。 息子と同居するとか、息子家族が賃貸住宅を使うとか、はたから見ると、「こうすればいいのに」と思うことはあっても、本人が「仮設は息子家族が使えばいい」「自分は家を修繕して住む」と言えば、結局、人生の選択はその人のもの。 長い時間話を聞いて、「わかった。家の改修を応援します」と支援することを決めたら、そこから体調は右肩上がりに良くなって、今ではすっかり元気になってどんどん家を改修しています。元は大工さんなので、二階建てを平屋に減築し、壊れた部分を切り離して筋交を入れた新しい壁を作って、訪ねるたびに家は姿を変えています。 ●祭りに見た地元の人たちの強い意志 ――その後ピースウィンズに移って、能登半島地震発生の3日後の1月4日から珠洲市での駐在を続けているわけですが、「これまでのピースウィンズの支援とは違うものになるかも」と考えていらっしゃるとか? 橋本:いや、ピースウィンズの支援に決まった「型」があるわけではないので、そういう言い方は適切ではないかもしれませんが、緊急時に「ドン!」と入って、大きな事業を「バン!」とやるのと違って、高齢化と過疎化が急速に進む珠洲市での活動は、支援と福祉の境目が曖昧なところでの新しい支援の形になると思っています。 私は、緊急支援は子育てと同じだと思っていて、いずれ手を離すものだと考えています。 支援者がいなくなって元に戻ってしまったらその支援は失敗なので。だから、どこかで背中を押す姿勢に変えていかない。でも今は背中を押されても立ち上がれない人がいる。教育を考えると子どもと労働人口である親世代が珠洲を離れていく中、福祉のリソースがなければ困窮する人が出てくる。制度の隙間に落ちてしまう人がどうしても出てしまうのです。そのギャップをどう埋めていくのか。 正直に言うと、6月くらいまでは、この先どうなってしまうのだろうと頭を抱えそうになりました。でも、夏のお祭りを見て目が覚めました。7月の飯田燈籠山(とろやま)祭り、9月の蛸島の秋祭り、正院の秋祭り、日本一のキリコが巡行する寺家(じけ)の秋祭り、その活気を見て珠洲の底力を見せつけられた気がしました。 この土地の文化を守り抜こうという強い意志を感じました。それはこの地域に住む人びと選択であって、私が心配するなんておこがましいなと。なので、これからも、ちょっと背中から支えるくらいの支援を続けていこうと思っています。
【災害から命を守る】被災地への迅速な出動、復興を支えてください【空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”】
広島県神石高原町
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能登半島地震からまもなく2年。石川県・珠洲事務所代表 橋本笙子
ふるさと納税を通じて温かいご支援を賜り、誠にありがとうございます。 皆さまのご寄付により、今も震災の復興のただ中にある奥能登で、私たちは今日も活動を続けています。来年も被災地に支援を届けられるよう、どうか応援をお願いいたします。 SNSでのシェアも、大きな力となります。 ------------------------- 2024年1月1日に石川県の能登半島で発生した最大震度7の大地震、追い討ちをかけるように同じ年の9月21日に発生した集中豪雨で、さらに多くの人が家や生業を失いました。 地震と豪雨によって過疎化と高齢化に拍車がかかる能登半島の突端・珠洲市で地震発生直後から支援活動を続ける現地事務所代表の橋本に話を聞きました。 ●「生きる選択は本人にある」 ――地震発生翌日に空飛ぶ捜索医療団ARROWSが物資・医療支援のために現地入りして以来、この2年間ピースウィンズは、被災者の見守り事業など様々な支援を行なってきて、今は子どもたちの安全な居場所を作る事業を市などと協力して進めています。 橋本さん自身、この2年の経験を経て思うのはどんなことですか? 橋本:「生きる選択は本人にある」ということです。それを痛感したのは、9月の集中豪雨で孤立した集落から高齢女性を救出しに行ったときのこと。その人は「このヘリはどこに行くの?」と聞きました。「市内の仮設住宅です」と言うと、「市内ならば」と納得して乗ってくれました。 後から聞くと、行き先が市外だったらヘリコプターには乗らなかったと言うのです。地震の後、しばらく金沢の親族の家で暮らしたけれど、珠洲に帰りたかったと。この人は快適さや便利さより何より、「どんな隅っこでもいいから珠洲市内で暮らしたい」と願っていました。 もうひとつの例は、地震発生の前日に体調を崩して入院していた高齢男性です。 幸い後遺症もなく10日ほどで退院したのはよかったのですが、自宅が全壊していたために寒いなか、夫婦は車庫で暮らしていました。同居していた子ども一家が市外で「みなし仮設」を使って生活を始めたために珠洲に残った老夫婦は仮設住宅にはいることができない。 息子と同居するとか、息子家族が賃貸住宅を使うとか、はたから見ると、「こうすればいいのに」と思うことはあっても、本人が「仮設は息子家族が使えばいい」「自分は家を修繕して住む」と言えば、結局、人生の選択はその人のもの。 長い時間話を聞いて、「わかった。家の改修を応援します」と支援することを決めたら、そこから体調は右肩上がりに良くなって、今ではすっかり元気になってどんどん家を改修しています。元は大工さんなので、二階建てを平屋に減築し、壊れた部分を切り離して筋交を入れた新しい壁を作って、訪ねるたびに家は姿を変えています。 ●祭りに見た地元の人たちの強い意志 ――その後ピースウィンズに移って、能登半島地震発生の3日後の1月4日から珠洲市での駐在を続けているわけですが、「これまでのピースウィンズの支援とは違うものになるかも」と考えていらっしゃるとか? 橋本:いや、ピースウィンズの支援に決まった「型」があるわけではないので、そういう言い方は適切ではないかもしれませんが、緊急時に「ドン!」と入って、大きな事業を「バン!」とやるのと違って、高齢化と過疎化が急速に進む珠洲市での活動は、支援と福祉の境目が曖昧なところでの新しい支援の形になると思っています。 私は、緊急支援は子育てと同じだと思っていて、いずれ手を離すものだと考えています。 支援者がいなくなって元に戻ってしまったらその支援は失敗なので。だから、どこかで背中を押す姿勢に変えていかない。でも今は背中を押されても立ち上がれない人がいる。教育を考えると子どもと労働人口である親世代が珠洲を離れていく中、福祉のリソースがなければ困窮する人が出てくる。制度の隙間に落ちてしまう人がどうしても出てしまうのです。そのギャップをどう埋めていくのか。 正直に言うと、6月くらいまでは、この先どうなってしまうのだろうと頭を抱えそうになりました。でも、夏のお祭りを見て目が覚めました。7月の飯田燈籠山(とろやま)祭り、9月の蛸島の秋祭り、正院の秋祭り、日本一のキリコが巡行する寺家(じけ)の秋祭り、その活気を見て珠洲の底力を見せつけられた気がしました。 この土地の文化を守り抜こうという強い意志を感じました。それはこの地域に住む人びと選択であって、私が心配するなんておこがましいなと。なので、これからも、ちょっと背中から支えるくらいの支援を続けていこうと思っています。
災害緊急支援実施中_尊い命を助けるために、ふるさと納税でご協力をお願いします(空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”)
広島県神石高原町
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能登半島地震からまもなく2年。石川県・珠洲事務所代表 橋本笙子
ふるさと納税を通じて温かいご支援を賜り、誠にありがとうございます。 皆さまのご寄付により、今も震災の復興のただ中にある奥能登で、私たちは今日も活動を続けています。来年も被災地に支援を届けられるよう、どうか応援をお願いいたします。 SNSでのシェアも、大きな力となります。 ------------------------- 2024年1月1日に石川県の能登半島で発生した最大震度7の大地震、追い討ちをかけるように同じ年の9月21日に発生した集中豪雨で、さらに多くの人が家や生業を失いました。 地震と豪雨によって過疎化と高齢化に拍車がかかる能登半島の突端・珠洲市で地震発生直後から支援活動を続ける現地事務所代表の橋本に話を聞きました。 ●「生きる選択は本人にある」 ――地震発生翌日に空飛ぶ捜索医療団ARROWSが物資・医療支援のために現地入りして以来、この2年間ピースウィンズは、被災者の見守り事業など様々な支援を行なってきて、今は子どもたちの安全な居場所を作る事業を市などと協力して進めています。 橋本さん自身、この2年の経験を経て思うのはどんなことですか? 橋本:「生きる選択は本人にある」ということです。それを痛感したのは、9月の集中豪雨で孤立した集落から高齢女性を救出しに行ったときのこと。その人は「このヘリはどこに行くの?」と聞きました。「市内の仮設住宅です」と言うと、「市内ならば」と納得して乗ってくれました。 後から聞くと、行き先が市外だったらヘリコプターには乗らなかったと言うのです。地震の後、しばらく金沢の親族の家で暮らしたけれど、珠洲に帰りたかったと。この人は快適さや便利さより何より、「どんな隅っこでもいいから珠洲市内で暮らしたい」と願っていました。 もうひとつの例は、地震発生の前日に体調を崩して入院していた高齢男性です。 幸い後遺症もなく10日ほどで退院したのはよかったのですが、自宅が全壊していたために寒いなか、夫婦は車庫で暮らしていました。同居していた子ども一家が市外で「みなし仮設」を使って生活を始めたために珠洲に残った老夫婦は仮設住宅にはいることができない。 息子と同居するとか、息子家族が賃貸住宅を使うとか、はたから見ると、「こうすればいいのに」と思うことはあっても、本人が「仮設は息子家族が使えばいい」「自分は家を修繕して住む」と言えば、結局、人生の選択はその人のもの。 長い時間話を聞いて、「わかった。家の改修を応援します」と支援することを決めたら、そこから体調は右肩上がりに良くなって、今ではすっかり元気になってどんどん家を改修しています。元は大工さんなので、二階建てを平屋に減築し、壊れた部分を切り離して筋交を入れた新しい壁を作って、訪ねるたびに家は姿を変えています。 ●祭りに見た地元の人たちの強い意志 ――その後ピースウィンズに移って、能登半島地震発生の3日後の1月4日から珠洲市での駐在を続けているわけですが、「これまでのピースウィンズの支援とは違うものになるかも」と考えていらっしゃるとか? 橋本:いや、ピースウィンズの支援に決まった「型」があるわけではないので、そういう言い方は適切ではないかもしれませんが、緊急時に「ドン!」と入って、大きな事業を「バン!」とやるのと違って、高齢化と過疎化が急速に進む珠洲市での活動は、支援と福祉の境目が曖昧なところでの新しい支援の形になると思っています。 私は、緊急支援は子育てと同じだと思っていて、いずれ手を離すものだと考えています。 支援者がいなくなって元に戻ってしまったらその支援は失敗なので。だから、どこかで背中を押す姿勢に変えていかない。でも今は背中を押されても立ち上がれない人がいる。教育を考えると子どもと労働人口である親世代が珠洲を離れていく中、福祉のリソースがなければ困窮する人が出てくる。制度の隙間に落ちてしまう人がどうしても出てしまうのです。そのギャップをどう埋めていくのか。 正直に言うと、6月くらいまでは、この先どうなってしまうのだろうと頭を抱えそうになりました。でも、夏のお祭りを見て目が覚めました。7月の飯田燈籠山(とろやま)祭り、9月の蛸島の秋祭り、正院の秋祭り、日本一のキリコが巡行する寺家(じけ)の秋祭り、その活気を見て珠洲の底力を見せつけられた気がしました。 この土地の文化を守り抜こうという強い意志を感じました。それはこの地域に住む人びと選択であって、私が心配するなんておこがましいなと。なので、これからも、ちょっと背中から支えるくらいの支援を続けていこうと思っています。
【災害緊急支援チーム】被災地にいち早く駆けつけ、本当に必要な支援を届けます。温かいご支援をお願いいたします
広島県神石高原町
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目標達成!温かいご支援ありがとうございます!
こんにちは!前橋市ふるさと納税担当です。 皆様のご支援により、無事に目標金額を達成することができました。 多くの方から暖かいご支援とともに、応援や激励のことばをいただき、大変感謝しております。 こちらのプロジェクトは期間中引き続きご支援を受け付けていきます。 引き続き応援いただけますと嬉しいです!
重なる願いでつながる未来。見捨てられた命を幸せへとつなげるReLIFE。譲渡対象にならない子も救いたい。
群馬県前橋市
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給付型奨学金を受給した学生からのメッセージと、【第2弾】返済不要の若鮎給付型奨学金事業へのご支援のお願い
2024年12月2日~2025年2月28日に実施した本プロジェクトでは おかげさまで目標金額を上回る 4,590,200円のご寄附をいただきました。 皆さまのあたたかいご支援に心より感謝申し上げます。 一度は資金繰りが厳しく中断していた「若鮎給付型奨学金制度」ですが、 GCFで目標達成したことにより、 おかげさまで令和7年度より再開することができました。 実際に若鮎給付型奨学金制度に申し込み、 奨学金を受給しながら勉学に励んでいる学生から メッセージが届きましたのでご紹介いたします。 - - - - - - - - - - - - - - - - ■奨学生からのコメント ① 給付型奨学金制度を申請した理由 私は、大学での学びにしっかり向き合うため、給付型奨学金制度を申請しました。以前は、学費や交通費、教材費などの負担を考えるたびに不安が募り、思うように勉強に集中できないことがありました。将来、加美町に貢献できる人になりたいという思いがあるからこそ、今は一つひとつの学びを丁寧に積み重ねたい。そのために、経済的な理由で学ぶ時間を削らず、学業に専念できる環境を整えたいと考え、この制度に応募しました。 ② 給付型奨学金制度を給付してよかったこと(具体的な使途も) 給付型奨学金をいただいて一番良かったことは、心の重荷がふっと軽くなり、安心して学びに向き合えるようになったことです。経済的な不安が和らいだことで、勉強に集中できる時間が増え、大学での授業や課題にも前向きに取り組めるようになりました。いただいた奨学金は、主に教材費や実家から大学までの交通費に充てています。実家から通学できていることで、地元・加美町のイベントにも継続して参加でき、地域とのつながりを持ち続けられていることを嬉しく感じています。学業だけでなく、自分の暮らしや地域との関わりを大切にできているのは、この支援のおかげだと実感しています。 ③ これから若鮎奨学生となる学生へ向けた応援メッセージ 若鮎奨学生に選ばれる皆さんには、ぜひ“安心して学べることの幸せ”を全身で感じてほしいと思います。加美町の皆さんは、私たち学生の挑戦を温かく、力強く支えてくれています。そのことに改めて気づくたび、私は胸が熱くなります。ぜひ感謝の気持ちを忘れずに、自分の学びにまっすぐ向き合ってください。そして将来、学んだことを加美町へ、あるいは自分を育ててくれた地域へ少しでも返していけるような大人になってください。あなたの努力は必ず誰かの力になります。応援しています。 - - - - - - - - - - - - - - - - \ご支援よろしくお願いします/ 若鮎給付型奨学金事業GCF【第2弾】実施中! ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ https://www.furusato-tax.jp/gcf/4989 今後も若鮎給付型奨学金制度を継続していくことで、 将来に希望を持てたと感じられる学生をさらに増やしていきたいと考え、 今年度もプロジェクトを実施しております。 12月29日現在、 1,230,500円 26人の方からのご支援をいただいておりますが 目標まではまだ長い道のりとなっております。 学生のみなさんの将来の選択肢を増やすために、 どうかあたたかいご支援よろしくお願いいたします。
【ネクストゴール620万円に挑戦中!】返済不要の若鮎給付型奨学金事業を実施します!
宮城県加美町
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【応援コメント12】公益財団法人あすのば 代表理事 小河光治さん
◾️小河光治さんについて 子どもの貧困対策センター 公益財団法人あすのば 代表理事 小河光治さんから応援コメントが届きました。 小河さんは、親を頼れない子どもや若者を対象に、給付型奨学金や伴走支援を行う認定NPO法人あすのばの代表理事として、長年子ども・若者支援の現場に携わってこられました。 当事者一人ひとりの声に耳を傾けながら、制度と現実のあいだにある課題を社会に伝え、支援の形を広げていく姿勢は、おてらおやつクラブが大切にする「見守り」や「つながり」の考え方とも深く通じています。 ◾️応援コメント もう45年前のことですが、私が中学3年の夏に父が他界しました。 葬儀から「四十九日法要」まで毎週、菩提寺の「おっさま」(ご住職)が自宅に来てくださいました。 いつも法要後に私と3歳下の弟に「おっさま」は、とてもやさしい笑顔で語りかけていただきました。 悲しみにくれる私にとって、とても心温まるひとときで、大きなエールをいただいたことを今も忘れません。 「おてらおやつクラブ」のみなさまの活動によって支えていただいている、いま困窮に苦しむこどもたちにとっても、 当時、私が感じたような温かさやエールを感じているのではないかと思います。 こうした活動がさらに大きく拡がるように、みなさまの温かいご支援を心からお待ちしています。 公益財団法人あすのば 代表理事 小河光治
【子どもの貧困】見捨てない。あなたの支援で、子どもたちに食べ物とつながりを。
奈良県天理市
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