甦れ、幕末の志士 澁谷総司の生家 ~澁谷家住宅を未来へ~
カテゴリー:伝統・文化・歴史
寄付金額 1,863,000円
目標金額:3,000,000円
- 達成率
- 62.1%
- 支援人数
- 88人
- 終了まで
- 受付終了
千葉県鎌ケ谷市(ちばけん かまがやし)
寄付募集期間:2026年4月15日~2026年7月13日(90日間)
千葉県鎌ケ谷市

澁谷家住宅は、江戸時代から続く築200年の鎌ケ谷市内に現存する最古の建造物です。幕末に討幕運動に身を投じた澁谷総司の生家であり、代々大切に受け継がれてきました。しかしながら、破損や経年劣化により傷みが進行してきています。鎌ケ谷市では、澁谷家住宅を未来につなぐために、屋根修理工事、耐震補強工事等の保存修理工事を行っていきます。工事完了後の令和9年度以降の公開を予定しています。
澁谷家住宅を未来へ残していくため、皆さまのご支援をお願いいたします。
鎌ケ谷市には、幕末の激動期を草莽の志士として駆けぬけた赤報隊の澁谷総司の生家があります。この澁谷家住宅は、これまで大切に受け継がれてきましたが、長い年月を経て傷みが進行しています。
令和2年度に国の登録有形文化財に登録された「澁谷家住宅」ですが、経年劣化により傷みが進行してきており、大切な文化財を未来へ残すことが危ぶまれています。
澁谷家住宅は、江戸時代から続く築200年の市内に現存する最古の建造物で、 幕末の激動期を草莽の志士として駆けぬけた赤報隊の澁谷総司の生家です。
澁谷家住宅とは
澁谷家は、鎌ケ谷市北部にあった佐津間村の名主を代々つとめ、明治時代には鎌ケ谷市の前身である鎌ケ谷村の村長もつとめたことがある家柄です。澁谷家の人々が住んでいた家は、文政9年(1826年)の建築とされ、200年の長い間代々守り住み続けられてきました。
佐津間村の集落は、戦国時代の山城である佐津間城跡の城下に築かれた集落で、集落前の道は、江戸時代には、布佐と松戸を結ぶ輸送路である鮮魚街道(なまみち)として栄えました。
澁谷家住宅の主屋は、平面規模が大きく、屋根も高く、佐津間地区でも際立つ存在となっています。土間まわりや開口部に改造はあるものの、骨太な柱や梁、客室の付書院にみられるような凝った造作、居間の神棚や仏壇など、建築当初の姿を色濃く保ち、江戸時代から続く伝統的な農家建築の間取りを良好に残している点が特徴で、建物や調度品から各時代の生活様式に合わせながらも建物の骨格を大きく変えることなく、大切に住み続けられた空間を味わえることが魅力となっています。
幕末の激動期を駆け抜けた赤報隊の澁谷総司
澁谷総司は弘化3年(1846年)に澁谷家の次男として生まれました。
総司は10歳にならないうちから小金町(現松戸市)の儒学者に学び、安政年間(1854~60年)には江戸に出て、剣術と漢学を学び、文武の修行に励みました。
文久3年頃に諸国をまわって、尊王攘夷派の志士と交わりを広げていきました。そして、薩摩藩の浪士隊での活動を経て、慶応4年(1868年)1月に使番という幹部として赤報隊に入ります。
赤報隊は新政府の許可を受けたうえで、年貢半減令を布告し、諸藩から勤王の証書の提出と武器と資金の供出を受けながら、進軍していきましたが、下諏訪まで進軍してきたところで3月3日に幹部がとらえられ、突然「偽官軍」として処刑されました。総司はわずか22歳でした。
この原因の一つは、財源のない新政府軍が、年貢半減などの公約が実現不可能であったため、その布告をした責任を赤報隊に負わせたためと考えられます。
なお、昭和初年にいたり、総司の名誉は、従五位という位を贈られて、回復しています。
現在の屋根は、昭和53年(1978年)に茅葺屋根の上に瓦型の鉄板をかぶせたもので、内部には茅が残っており、鉄板葺によって守られています。
葺き替えから50年近くが経過して傷みが出てきており、放置すると内部の茅だけでなく、柱や梁にも影響がでてしまいます。
菊の見ごろに澁谷家住宅見学会を実施しました。
澁谷家住宅は、整備前ではありますが、その貴重な姿を見ていただくため、見学会を実施し、参加者からは、歴史ある建物に興味深々でご覧いただきました。また、地元の菊愛好会と協働して畑を活用した菊の展示会を行い、秋の澁谷家を華やかに彩っていただきました。
工事完了後は、みなさまの憩いの場になるよう活用していきます。
寄付金の使い道
【事業内容】
・屋根工事
【事業実施のスケジュール】
・令和8年8月:工事着工
・令和9年4月:屋根工事着手
・令和9年7月:屋根工事完了
・令和9年12月:工事完了(予定)
※目標金額に達しなかった場合でも、ご支援いただいた寄付金は修理費用に充てさせていただきます。
目標以上のご寄付をいただいた場合は、他の修理費用に充てさせていただきます。
澁谷家住宅に携わる方の思い
鎌ケ谷市文化・スポーツ課 大竹学芸員
澁谷家住宅を未来へつなぐためどうぞご支援をお願いいたします。
これまでも地域のみなさまのお力添えをいただきながら、澁谷家住宅保存活用計画を策定し、それに基づき、令和6年度には基本設計、令和7年度には実施設計を行ってまいりました。
いよいよ工事となります。みなさまのお力を引き続きお借りしたくどうぞよろしくお願いします。
鎌ケ谷の歴史を今に伝える澁谷家住宅を未来へ
鎌ケ谷市長 芝田 裕美
鎌ケ谷市の佐津間地区にあります澁谷家住宅は、江戸時代後期に建てられて以降、各時代の生活様式に合わせながらも、建物の骨格を大きく変えることなく、江戸時代から現代までの生活空間が残っていることが特徴と魅力であり、これまで地域のみなさまに愛され、守られてきました。
しかしながら、長い年月を経て、時には風水害などの被害を受け、建物が破損したり、傷みが進行してきています。
このままですと、大切な文化財を未来につないでいくことができなくなってしまいます。
この局面を皆様のおちからをお借りして、後世につないでいきたく、鎌ケ谷市では初めてとなるガバメントクラウドファンディングに挑戦することにいたしました。
みなさまのあたたかいご支援をよろしくお願い申し上げます。
ふるさと納税で
このプロジェクトを応援しよう!
ふるさと納税とは、ふるさとや応援したい自治体に寄付できる制度です。
控除上限額内の2,000円を超える部分について、所得税や住民税の還付・控除が受けられます。
控除上限額かんたんシミュレーション
-
2026年07月13日 12:00
【プロジェクト終了まであと12時間】 いま、この屋根を直さなければ——最後のお願い「50年経った屋根が、築200年の家を守る最後の砦です」
クラウドファンディングも、いよいよ最終盤を迎えました。ここまで応援してくださった皆さまに、心からの感謝を申し上げます。そして最後に、改めてお願いをさせてください。
なぜ今、屋根なのか。現在の屋根は、昭和53年(1978年)に茅葺の上から瓦型の鉄板をかぶせたものです。その内側には、今も茅が残されています。鉄板は、その茅を守る覆いの役割を果たしてきました。
屋根が傷めば雨漏りが起こり、雨漏りは内部の茅だけでなく、骨太の柱や梁にまで及びます。建物全体の傷みへと発展してしまうのです。
だからこそ、屋根の整備工事は、この家を守るうえで最も重要な「最初の一手」なのです。
築200年の村の記憶、22歳で散った志士の生家、建築当初の姿を守った建物、そして子どもたちが集う未来——そのすべてが、この一つの屋根にかかっています。
「文化財を直すために寄付してください」ではなく、「200年続いた家を、次の200年へ手渡す仲間になってください」。それが、私たちの本当のお願いです。
サイトからのご寄付のほか、現金でのご寄付も承っております。どうか、ご友人へのお知らせやSNSでのシェアなど、最後のお力添えをお願いいたします。残りわずか、最後まで全力で走り抜けます。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
寄附状況(7月13日11時時点)
達成率 95.32%(達成まで残り140,499円)
総額 2,859,501円(127件)
ふるさとチョイス 1,712,000円(81件)
現金 1,147,501円(46件)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年07月12日 12:00
【プロジェクト終了まであと1日】 「ただ直す」のではない「保存活用計画」が描く未来~澁谷家を地域の憩いの場に~
このプロジェクトは、傷んだ屋根を直すだけのものではありません。その先にある「未来の使い方」まで見据えています。
鎌ケ谷市では、地域の皆さまへのアンケートやワークショップを重ね、「澁谷家住宅保存活用計画」を策定しています。
計画では、街道沿いの畑では耕作・収穫体験をしたりする場に。
屋敷林を、野鳥を観察できる場所に。
改変が少なく格式の高いオクノマは、庭の眺めとともに見学できる空間に。
このように敷地含めて地域の憩いの場にしていきたいと考えています
整備の方針では、部屋だけを復元してがらんとさせるのではなく、昭和の頃の時計や生活の道具など、暮らしの気配を残す——「江戸時代から現代まで人が住み続けた、その歴史の積み重ねが見える形にしたい」。アンケートで多く寄せられた声を、計画に反映させたものです。
ただ置いておくだけでは、文化財は守れない。守りながら、活かしていく。その両方が必要なのです。
修理は、ゴールではなくスタートです。皆さまのご支援は、「直す」ためだけでなく、「未来に使う」ためのものなのです。残り2日、ご一緒に未来をつくってください。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
寄附状況(7月11日時点)
達成率 91.32%(達成まで残り260,499円)
総額 2,739,501円(115件)
ふるさとチョイス 1,622,000円(72件)
現金 1,117,501円(43件)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年07月11日 12:00
【プロジェクト終了まであと2日】 澁谷家住宅の歴史的価値とは
「澁谷家住宅の何が大事なの?」——そんな疑問にお答えします。
澁谷家には、嘉永元年(1848年)に描かれた「家相図」が伝わっています。
家の間取りだけでなく、土蔵や物置、屋敷神が描かれ、江戸時代後期の様子を今に伝える貴重な資料です。建物と絵図が両方そろって残っていること自体が、たいへん貴重なことなのです。
絵図と現状を比較してみると、土地の区割りも正確に描かれ、建物の間取りは現在の平面図と重ねると驚くほど一致します。
建物は、建築当初からほとんど改変されずに建築当初から現在まで住み続けられており、澁谷家の人々がこの家を大切に守り伝えてきた証でもあります。
さらには、街道に面して台地の下に沿って築かれた集落という古くから続く景観を残していることも大きな特徴です。台地を背にしている様子は絵図にも描かれ、今も残る景観が佐津間の集落の原風景なのです。
地域の歴史だけでなく、古くからの景観を今に伝えている。それが澁谷家住宅です。残り3日、どうかお力添えをお願いいたします。もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年07月10日 12:00
【プロジェクト終了まであと3日】 澁谷総司という草莽の志士
幕末には地方の豪農や豪商の出身者が、志を持って討幕運動に加わっていきました。このような人達は「草むらから生まれた志士」という意味から、「草莽」と呼ばれました。
澁谷総司が加わった赤報隊も草莽の志士で構成された部隊です。赤報隊は偽官軍の汚名を着せられて処罰されてしまいましたが、身分に関係なく、国を良くしたいという純粋な思いで、討幕運動に加わっていった人達がたくさんいたのです。
澁谷家には、総司が兄に宛てた手紙が市指定文化財として残っています。手紙は赤報隊に加わる以前に書かれたもので、江戸の打ち壊しの様子や、刀を新調するための金を送ってほしいという江戸の不安定な状況を伝えています。
時代に翻弄されながら懸命に生きた、一人の青年の息づかいが、確かにこの家に刻まれているのです。
この生家を守ることは、総司が生きた証を守ることでもあります。残り3日、ご支援をお願いいたします。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
寄附状況(7月9日時点)
達成率 84.65%(達成まで残り460,499円)
総額 2,539,501円(108件)
ふるさとチョイス 1,412,000円(64件)
現金 1,127,501円(44件)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年07月09日 09:00
【プロジェクト終了まであと4日】 築200年。佐津間村の名主の家に残された「時間」のお話
クラウドファンディングも残り4日となりました。日々のあたたかいご支援に、心より御礼申し上げます。
今日は改めて、「澁谷家住宅とはどんな家なのか」をお伝えしたいと思います。
澁谷家は、遅くとも18世紀以降、「隼人(はやと)」「重右衛門(ジュエム)」を名乗り、村のとりまとめ役を担ってきました。
明治に入ってからも、副戸長、そして明治24年には鎌ケ谷村の村長をつとめました。澁谷家は、江戸時代から明治まで、村の代表をつとめた家なのです。
そのため、村の運営に関わる文書が数多く残されており、市の歴史を知る上でも欠かせない資料群です。名主をつとめた家だからこそ残された、地域の歴史そのものといえます。
その澁谷家の人々が住み続けたこの家には、200年分の村の記憶が積み重なっています。次の世代へ手渡すために、どうか皆さまのお力をお貸しください。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
寄附状況(7月7日時点)
達成率 76.62%
総額 2,288,501円(102件)
ふるさとチョイス 1,290,000円(63件)
現金 998,501円(39件)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年07月07日 13:00
【プロジェクト終了まであと6日】道徳の授業にお邪魔してきました!
北部小学校で「ふるさとの宝を未来へ」と題して、澁谷家住宅について子どもたちと考えてきました。
なぜ、澁谷家住宅を残すのか?については、昔の人たちの暮らしを知ることができ、歴史を学ぶことができるとの声があがりました。
地域の子どもたちも澁谷家住宅を守ることとこれからについて真剣に考えてくれたことに、ますます力をもらいました。
ラストスパートを駆け抜けたいと思いますので、ご支援のほどよろしくお願いいたします。もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年07月06日 16:00
【ラスト1週間】目標達成にぜひご支援をお願いいたします!
これまで多くの皆さまからご支援をいただき、目標達成に向けて歩みを進めてまいりました本プロジェクトも残すところあと1週間となりました。
歴史的資産である澁谷家住宅を守り、未来につなぐ本プロジェクトにどうぞご支援をお願いいたします。もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年07月03日 13:00
【達成率約70%!】澁谷家住宅の活用に向けて小学校を訪問しました!
地域の学習教材として澁谷家住宅を活用できるよう、学校の先生と打ち合わせをしました。
子どもたちに、地域の誇りである澁谷家住宅を残していくためにも、保存整備工事を進めてまいります。もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年07月01日 09:00
【プロジェクト終了まであと2週間!】達成率68%!!
これまで、市内外の多くの方からのご支援をいただき、達成率は68%となりました。あたたかいご支援ありがとうございます。
現在、千葉商科大学政策情報学部と総合政策学部の学生たちと澁谷家住宅のデジタル公開を目標に4K3D撮影に取り組んでいます。もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年05月21日 13:00
【プロジェクト開始から1か月】寄付額が目標の50%を突破!
皆さまからのあたたかいご支援により、寄附額が目標金額の50%を超えました。(プロジェクトページに記載の寄附金額のほかに現金による寄附が600,501円ありました。)ご支援いただいた皆さまにお礼を申し上げます。今後も、澁谷家住宅の保存活用に力を尽くしてまいりますので、引き続き応援よろしくお願いします。
もっと見るまだコメントはありません
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
-
2026年04月22日 09:00
【プロジェクト開始から1週間】かまがや特派員による取材を受けました!
クラウドファンディングに挑戦して1週間、日々皆さまからのあたたかいご支援、メッセージをいただき、とても励みになっています。先週末には、かまがや特派員(千葉商科大学の学生)から取材を受けました。澁谷家住宅に興味津々の学生たち、出来上がる記事が楽しみです。引き続き、応援よろしくお願いいたします。
もっと見るコメント 1件
ゲスト さん
渋谷家住宅の周辺には、佐津間城跡、大津川緑道、粟野の森などのスポットがあるので、改修後、渋谷家住宅を中心に、その周辺を散策するイベントなどが開催されることを期待しています!
2026/4/22 11:31
ゲスト さん
渋谷家住宅の周辺には、佐津間城跡、大津川緑道、粟野の森などのスポットがあるので、改修後、渋谷家住宅を中心に、その周辺を散策するイベントなどが開催されることを期待しています!
2026/4/22 11:31
コメントを投稿するには、 ログインとプロジェクトへの寄付が必要になります。
千葉県鎌ケ谷市

鎌ケ谷市は、千葉県の北西部、北総台地のなだらかな緑の大地の上に広がる総面積21.08平方キロメートルの都市です。
市内には、鉄道4線と道路網が発達しており、都心から25キロメートル圏内にあることから、首都近郊の住宅都市として発展してきました。
こうした発展の中にありながら、豊かな農地や緑の環境をもち、梨の名産地として県内外から人気を呼んでいます。
また、近年では、プロ野球「北海道日本ハムファイターズ」のファーム球場であるファイターズ鎌ケ谷スタジアムがある街として知られています。
ぜひ、クラウドファンディングを機会に鎌ケ谷市へお立ち寄りください。







コメント投稿をありがとうございます!
あなたのその想いが
プロジェクトを動かしています。
投稿は順次、進捗情報ページへ反映されます。
反映まで数日かかることがあります。