GCF®プロジェクト進捗情報一覧
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目標金額達成と現在募集中のプロジェクトのご紹介
昨年実施した本プロジェクトでは、皆様からの温かいご支援により目標金額である500万円を達成することができました! 皆さまの多大なご協力に感謝申し上げます。 今年も、「医療的ケア児ときょうだいの笑顔をもっと増やしたい!」プロジェクトを実施中です! 現在、41名の方々から合計1,084,000円のご寄附をいただきました。 プロジェクト終了まで残り10日程になりましたが、目標金額達成に向け最後まで駆け抜けてまいりますので、医療的ケア児やそのご家族の笑顔を支えるため応援いただきますようよろしくお願いいたします!
医療的ケア児ときょうだいの笑顔をもっと増やしたい!
東京都世田谷区
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【寄付受付終了】温かなご支援を賜り、ありがとうございました
目標額1,000,000円のところ、1,331,111円(直接寄付含む)という目標額を上回る温かなご支援を賜りました! お寄せいただいたご支援により、12月6日(土)の点灯式を無事に開催することができ、イルミネーションは多くの来場者の皆さまに楽しんでいただくことができました。 今年度は電球の数が約40万球と昨年よりもさらに10万球増えており、どこを歩いても虹色の光に包まれる特別演出です。ツリー、トンネル、橋、オブジェが連動し、体が虹色に包まれます。 皆様のご来場を心からお待ちしています!! この度は温かなご支援を賜り、本当にありがとうございました。
世界中の子どもたちの笑顔と平和のために!!知立ドリームイルミネーション2025 「まだまだやっちゃう!ヒカリの衝撃」を盛り上げたい!
愛知県知立市
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500万円突破ありがとうございます!!
皆様のおかげで500万円を突破しました。 手前の松は雪国の冬の風物詩、雪吊りです。 残念ながら、まとまった雪はまだまだのようです。 前田利長公も雪を待っているのでしょうか。
高岡古城公園景観再生プロジェクト2025 「高岡城跡としての風格と潤いある緑を次世代に繋げよう」
富山県高岡市
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【応援コメント⑩】フェリシモおてらぶ 内村彰さん
◾️内村彰さんについて フェリシモおてらぶ 内村彰さんから応援コメントが届きました。 株式会社フェリシモには、社員が自分の「好き」や「関心」をきっかけに企画や商品を生み出す、社員発の部活動の仕組みがあります。 その中のひとつ「おてらぶ」では、「みんなでおそなえギフト」や「精進カレー」、「らほつニットキャップ」など、さまざまな商品や寄付の仕組みを通しておてらおやつクラブの活動を応援してくださっています。 これらの取り組みは、フェリシモさんだけでなく、商品を手に取ってくださるお客様とともに“おすそわけの輪”を広げてくださるものです。社員やお客様の温かい思いが重なり、おてらおやつクラブの活動を長く支えていただいています。インタビュー記事については関連リンクよりご覧ください。 ◾️応援コメント 弊社のお客様とともに「みんなでおそなえギフト」を通じて、おてらおやつクラブ様の活動に関わらせていただくことに心より感謝申し上げます。 毎月拝見するご家族からの「たべていいの!?」という子どもたちの喜びの声や、親御さんの「ありがとう」という温かい言葉は、私たちフェリシモ「おてらぶ」の大きな原動力です。 おてらおやつクラブ様が届けているのは、単なる食料に留まりません。人々が互いを気遣い、支え合うという、仏様が説く「自利利他」の精神、そのものです。 この温かい活動が、これからも末永く、そしてさらに広く行き渡り、多くの子どもたちの未来を明るく照らす光となりますよう、心から応援させていただきます。 フェリシモおてらぶ 部長 内村 彰
【子どもの貧困】見捨てない。あなたの支援で、子どもたちに食べ物とつながりを。
奈良県天理市
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おかげさまで目標金額達成まであと少し!
みなさん、きゅ~うがめら(こんにちは)! 鹿児島県徳之島町ふるさと納税です。 全国のみなさまからのあたたかい応援で目標金額まであと少し(※募集終了まであと4日)となりました。 吹奏楽部の子どもたちは地域のイベントにも積極的に参加し、音楽の楽しさや素晴らしさをたくさんの人に伝えてくれています。 この子どもたちに新しい楽器をお届けたい!! あと少しの応援をいただければうれしいです。 ※鹿児島県徳之島町ふるさと納税SNSでは子ども達からのメッセージを投稿しています。 ※写真は徳之島町内のクリスマスイベントに参加した様子です。 鹿児島県徳之島町ふるさと納税担当
私、音楽が大好き。徳之島の子どもたちに新しい楽器で笑顔を♪
鹿児島県徳之島町
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利用者インタビュー「僕、そんなにしっかりして見えますか?」10代・Bさん(後編)
前編に続き、Bさんのインタビューをまとめています。 どんな若者が利用しているのか、なにが彼らにとって必要なのかリアルの声をぜひご一読ください。 ■□■□■□■□■ 今年の4月ごろから顔を見せはじめたBさんは 当法人と連携関係にある都立全日制高校の3年生だ。 とても高校生には見えない落ち着きと風格(!)がある。 画像のレタッチや動画編集が得意なので、 卒業後は職業訓練校でクリエイティブ制作を学ぶことになっている。 ――――――――― 高校卒業後に相談できるところがないから 夜ユースのスタッフを頼りたい。 ――――――――― 夜ユースに来るようになったのは、高校の先生たちのすすめと、後輩の女子が誘ってくれたからです。その子は、先にここへ来るようになっていて、「一緒に行こうよ!」という話になったわけです。 僕は率先して誰かに話しかけるタイプではないので、初めて来たときはしゃべりづらいなぁと思いました。でも、後輩の子が遅れてやってきたあとからは、だいぶ馴染むことができました。気まずいながらも話していて楽しいなぁ、と思いました。 土曜日は本当に何もやることがなかったんです。母はゆっくり家事がしたいから、「ジャマだ」という目で僕を見る。だから、出かけられる先があって助かっています。 母には、ここに来た初日に、こういうところに行ってきたと報告しました。家族の分のお弁当をおみやげにもらっていたので、「毎週、お弁当がもらえるなら行ってきなよ」と言ってました(笑)。 高1で入院したあと、障害者手帳を取りました。学校の先生や心理士さんと相談して、「取れるなら取っておこうか」という軽い気持ちです。 だから、高校卒業後は、東京障害者職業能力開発校に行こうと思っています。 今までの自分のやり方、過ごし方、体調面、精神面を考えると、障害者枠でゆったり働くのが合うんじゃないかと思ったんですよね。 元気そうに見えますけど、今も不安定で、体調管理は難しい。日中は活発に動けても、朝は時間通りに出かけられない。早寝早起きで、6時くらいには起きているのに、体が動かなくて9時ぐらいに登校することも少なくありません。 進路の話は、主に学校の先生と話し合って決めました。 夜ユースのスタッフには相談しなかったというか、先生との間で話がまとまったので、相談することがなかったという感じですね。 ただ、職業能力開発校に行ったあとからは、ここを頼ろうと思っています。高校を卒業してしまうと、ほかに相談する場所がないので……。 夜ユースに来るようになったのはたまたまだったし、なんか楽しいというだけで通っていますけど、これからのことを考えると、ここに来たのはいい選択だったかなと思います。だから、今のうちに関係性を作っておいて、いつでも頼れるようにしておこうと考えています。 え? 僕、そんなにしっかりして見えますか? 普通、躁うつみたいな病気って、もっとおとなになって経験するものじゃないですか。それを僕は中学生で経験して、ずっと障害者として生きてきているので、健常者に見えないものが見えているのかもしれないですね。 つらいときにいろいろな人がサポートしてくれた経験も大きかったですよね。中高の先生、主治医、入院しているときに出会った患者さんたち、そしてもちろん、家族や祖父母、親友とそのお母さん……いろいろな人に関わってもらった経験が生きているような気がします。 ■□■□■□■□■ さまざまな困りごとを抱えやすい若者たち。急に苦しい状況に陥ると、ちょっとした関係では私たちも気づかないまま孤立していることもあります。週に1回の夜のユースセンターで様子を見守っているからこそ、予防と早期発見につながると考えています。 来年度もこの取り組みを継続していくため、みなさまの支えが必要です。 ご支援・ご協力のほど、よろしくお願いいたします。 育て上げネット 寄付担当 山崎 (視察・見学のお問い合わせは https://www.sodateage.net/contact/form-donation/ からご連絡ください)
【ネクストゴール850万円挑戦中】孤独・孤立から子どもを守りたい。家でも学校でもない第3の居場所を立川市につくる
東京都立川市
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たくさんのみなさまからの応援で目標金額を達成いたしました!
みなさん、きゅ~うがめら(こんにちは)! アマミノクロウサギふるさと納税(徳之島町ふるさと納税)です。 たくさんのみなさまからのあたたかい応援で、本日(12月20日)ふるさとチョイスGCFでの目標金額(250万円)を達成することが出来ました。 応援下さった全てのみなさま! 本当に、本当にありがとうございます。 そして、みなさまにお約束として、徳之島町では応援いただいた寄附金を1円も無駄にせず、全額をアマミノクロウサギさんの保護活動に大切に活用させていただきます。 これからも鹿児島県徳之島町の取り組みを見守っていただければうれしいです。 おぼらだれん(ありがとうございます)!!!!! 鹿児島県徳之島町アマミノクロウサギふるさと納税(徳之島町ふるさと納税)担当
アマミノクロウサギさんを守る。この島で100年後も仲良く暮らしたい。
鹿児島県徳之島町
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【応援コメント⑨】現役Jリーガー・アスリート食堂chabudaiオーナー 浅川隼人さん
◾️浅川さんについて 現役Jリーガー/アスリート食堂 chabudai オーナー 浅川隼人さんから応援コメントが届きました。 浅川さんは、現役Jリーガーとして競技の最前線で活躍されるかたわら、アスリート食堂「chabudai」のオーナーとして、食を通じた健康づくりや地域とのつながりにも取り組んでおられます。 おてらおやつクラブとは、奈良クラブ所属時代に寺院や地域施設を会場とした「移動式こども食堂」の開催を通じて協働し、スポーツと食の両面から子どもたちの居場所づくりを実践されてきました。 子どもたちの健やかな成長を願い、行動を重ねてこられた立場から、あたたかな応援メッセージを寄せてくださっています。 ◾️応援コメント 2022年から共に奈良県各地で移動式こども食堂を開催させていただいています。 こども達の夢を守る。 少しでも多くの子どもたちが夢を追いかけ、叶え、紡いでいく。 そんな世界を目指していくためにも、皆さんと共にこどもたちの夢を支えていけたらと思います。
【子どもの貧困】見捨てない。あなたの支援で、子どもたちに食べ物とつながりを。
奈良県天理市
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葛西臨海水族園で海鳥の講演会と物産展を開催します!
2026年1月17日に、葛西臨海水族園と羽幌町の共催で海鳥の講演会「「つどえ オロロ~ン!」を開催します。 また、講演会当日と翌日18日は、葛西臨海水族園のギフトショップ「アクアマリン」前で、シーバードフレンドリー認証事業者の商品等を販売する物産展と、羽幌高校生の活動報告なども行います。 講演会では、羽幌町担当職員がガバメントクラウドファンディングの寄付金を活用して実施している、天売島の海鳥を守る取り組みについて報告します。 葛西臨海水族園会場とオンライン参加がありますので、ぜひご参加ください(会場とオンライン、どちらも申し込みが必要です)。 詳細と参加申し込みについては葛西臨海水族園のウェブサイトからご確認いただきたいのですが、仕様により外部リンクのURLを掲載できないため、検索等で葛西臨海水族園ウェブサイトを表示して、トップページ下部イベント蘭よりご確認ください。 ■講演会「つどえ オロロ~ン!」 日 時 2026年1月17日(土)13時20分~15時40分 場 所 本館2階 レクチャールーム ウェブ会議サービス「Zoom」を使ったリモートを併用 対 象 どなたでもご参加できます。 ※内容は高校生以上向けです。 定 員 80名(リモート参加定員は100名) ※事前申込制(先着順) 参加費 無料(実地参加の方は入園料も無料となります) ※リモート参加の通信料は参加者ご自身の負担となります。 テーマ 「野生生物の保全と動物園・水族園の役割」 講演内容 ・「ミナミイワトビペンギンの人工繁殖研究 これまでとこれから」 吉本 悠人(葛西臨海水族園 飼育展示課飼育展示係) ・「海鳥の聖地、天売島とウミガラス保全の取組について」 岩原 真利(環境省北海道地方環境事務所 羽幌自然保護官事務所) ・「みんなで守る、天売島の海鳥」 石郷岡 卓哉(羽幌町町民課/北海道海鳥センター担当) ■北海道羽幌町物産展 日 時 2026年1月17日(土)、18日(日)10時~16時30分 場 所 ギフトショップ「アクアマリン」前
海鳥の楽園・天売島の海鳥と自然環境を守りたい!
北海道羽幌町
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利用者インタビュー「僕、そんなにしっかりして見えますか?」10代・Bさん(前編)
日々、私たちの活動をご支援いただきありがとうございます。 支援の件数が増えていくのを見ていると、若者を応援してくださる社会があることを実感し励みになります。 今回も実際に夜のユースセンターを利用している若者へのインタビューをお届けします。 どんな若者が利用しているのか、なにが彼らにとって必要なのかリアルの声をぜひご一読ください。 ■□■□■□■□■ 今年の4月ごろから顔を見せはじめたBさんは 当法人と連携関係にある都立全日制高校の3年生だ。 とても高校生には見えない落ち着きと風格(!)がある。 画像のレタッチや動画編集が得意なので、 卒業後は職業訓練校でクリエイティブ制作を学ぶことになっている。 ――――――――― 中学1年生のときに双極性障害に。 つい最近まで調子が悪かった。 ――――――――― 全日制高校に通っています。3年生です。でも、19歳です(笑)。 高校1年生のときに半年間入院したため、留年しています。 最初は精神科にうつで入ったんですけど、いろいろと健康状態も良くなかったし、薬の調整も難しかったので、入院が長引いてしまいました。 最初にうつになったのは中学1年生の終わりごろ。躁うつ状態で、元気だったり、かと思うとひどく落ち込んだり、気持ちの浮き沈みが激しかった。必死で学校に行くけど、給食を食べる時間くらいまでしか持たない。ちょくちょく入院もしていました。 「これってうつじゃないか?」と気づいたのは僕自身です。自分で本を読んでいたので心配になって、親に相談して、一緒に精神科に行ってもらいました。 自分の状態を先生に話して、いろいろな検査をしてもらって。ADHD傾向のある躁うつ病(双極性障害)と診断されました。 薬の効果が出ないときはきつかったですね。もう一日中イライラしているみたいな感じ。睡眠薬で強制的に眠るしかない状態が続きました。本当にしんどいんです。そのせいで学校にはあまり行けませんでした。 当時は細かく検査しなかったんですが、最近、ADHDの診断も出ました。 ずっと、自分は周りとはちがうという感覚があって、普通の子たちみたいに勉強ができない んですね。机に向かって集中しようとしても、すぐにほかのことに目が行っちゃうので注意散漫になってしまう。 最初のうちは、「周りと一緒じゃなきゃいけない」という変な意地があったので、自分が周りとちがうことを認められませんでしたね。 でも、ちょくちょく倒れちゃうし、疲れて起き上がれないということが頻繁にあったので、少しずつ「自分は普通じゃない」ことに気づいていきました。 ――――――――― 家族、親友、高校の先生…… 多くの人が支えてくれた。 ――――――――― 今は、母と弟、妹と一緒に住んでいます。父は、祖母の世話をするために地方に住んで、その地域で働いています。しょっちゅうは帰って来られないけど、夏休みには帰ってきていました。 僕が躁うつになったとき、特に母がすごく心配していました。ろくに中学校に通えていなかったので、「大丈夫? 大丈夫? 高校進学できるの?」とよく聞かれました。中学の先生たちからも、「全日制は無理じゃないか、通信制を考えてみては?」と言われていたので、心配したんでしょうね。 同じ中学の家族ぐるみで仲の良い親友が、少人数制の全日制を希望していることもあって、僕もがんばって受験して、無事合格できました。まぁ、入学後、すぐに入院しちゃうんですけど……(笑)。 高校の先生たちも、僕が入院するときに親身になってくれて、中退させられるかと思ったんですけど、留年で済んでよかったです。母は「中退しなくてもいいんですか? 良かった」と泣いてました。 母は本当に僕のことを考えていてくれて、めちゃくちゃ感謝してます。 普通なら、親と子はぶつかるものかもしれませんが、お互いにイライラしたときは、僕は親友の家に泊まりに行く。母は親友のお母さんに愚痴をこぼす。弟も妹もみんなで助け合う。母の調子が悪いときは、母方の祖父母が手伝いに入ってくれたり……。 高校の先生たちも含めて、僕は周りの人に恵まれています。周りに悪い人がいないんですよ。 ■□■□■□■□■ 投稿文字数の関係で後編に続きます。 夜のユースセンターを利用するBさんに起きた変化とは? 高校の留年。全国で約8000名、約0.3%というかなり珍しいケースではありますが、そうした人生を歩む道程は大人の私たちからみると険しく見えますが、少なくとも今のBさんはそれを受け入れながらも前に進む努力をされているように思います。 育て上げネット 寄付担当 山崎
子どもを孤独にさせない!若者のための安心・安全な居場所を立川市につくる。
東京都立川市
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利用者インタビュー「僕、そんなにしっかりして見えますか?」10代・Bさん(後編)
前編に続き、Bさんのインタビューをまとめています。 どんな若者が利用しているのか、なにが彼らにとって必要なのかリアルの声をぜひご一読ください。 ■□■□■□■□■ 今年の4月ごろから顔を見せはじめたBさんは 当法人と連携関係にある都立全日制高校の3年生だ。 とても高校生には見えない落ち着きと風格(!)がある。 画像のレタッチや動画編集が得意なので、 卒業後は職業訓練校でクリエイティブ制作を学ぶことになっている。 ――――――――― 高校卒業後に相談できるところがないから 夜ユースのスタッフを頼りたい。 ――――――――― 夜ユースに来るようになったのは、高校の先生たちのすすめと、後輩の女子が誘ってくれたからです。その子は、先にここへ来るようになっていて、「一緒に行こうよ!」という話になったわけです。 僕は率先して誰かに話しかけるタイプではないので、初めて来たときはしゃべりづらいなぁと思いました。でも、後輩の子が遅れてやってきたあとからは、だいぶ馴染むことができました。気まずいながらも話していて楽しいなぁ、と思いました。 土曜日は本当に何もやることがなかったんです。母はゆっくり家事がしたいから、「ジャマだ」という目で僕を見る。だから、出かけられる先があって助かっています。 母には、ここに来た初日に、こういうところに行ってきたと報告しました。家族の分のお弁当をおみやげにもらっていたので、「毎週、お弁当がもらえるなら行ってきなよ」と言ってました(笑)。 高1で入院したあと、障害者手帳を取りました。学校の先生や心理士さんと相談して、「取れるなら取っておこうか」という軽い気持ちです。 だから、高校卒業後は、東京障害者職業能力開発校に行こうと思っています。 今までの自分のやり方、過ごし方、体調面、精神面を考えると、障害者枠でゆったり働くのが合うんじゃないかと思ったんですよね。 元気そうに見えますけど、今も不安定で、体調管理は難しい。日中は活発に動けても、朝は時間通りに出かけられない。早寝早起きで、6時くらいには起きているのに、体が動かなくて9時ぐらいに登校することも少なくありません。 進路の話は、主に学校の先生と話し合って決めました。 夜ユースのスタッフには相談しなかったというか、先生との間で話がまとまったので、相談することがなかったという感じですね。 ただ、職業能力開発校に行ったあとからは、ここを頼ろうと思っています。高校を卒業してしまうと、ほかに相談する場所がないので……。 夜ユースに来るようになったのはたまたまだったし、なんか楽しいというだけで通っていますけど、これからのことを考えると、ここに来たのはいい選択だったかなと思います。だから、今のうちに関係性を作っておいて、いつでも頼れるようにしておこうと考えています。 え? 僕、そんなにしっかりして見えますか? 普通、躁うつみたいな病気って、もっとおとなになって経験するものじゃないですか。それを僕は中学生で経験して、ずっと障害者として生きてきているので、健常者に見えないものが見えているのかもしれないですね。 つらいときにいろいろな人がサポートしてくれた経験も大きかったですよね。中高の先生、主治医、入院しているときに出会った患者さんたち、そしてもちろん、家族や祖父母、親友とそのお母さん……いろいろな人に関わってもらった経験が生きているような気がします。 ■□■□■□■□■ さまざまな困りごとを抱えやすい若者たち。急に苦しい状況に陥ると、ちょっとした関係では私たちも気づかないまま孤立していることもあります。週に1回の夜のユースセンターで様子を見守っているからこそ、予防と早期発見につながると考えています。 来年度もこの取り組みを継続していくため、みなさまの支えが必要です。 ご支援・ご協力のほど、よろしくお願いいたします。 育て上げネット 寄付担当 山崎 (視察・見学のお問い合わせは https://www.sodateage.net/contact/form-donation/ からご連絡ください)
子どもを孤独にさせない!若者のための安心・安全な居場所を立川市につくる。
東京都立川市
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利用者インタビュー「僕、そんなにしっかりして見えますか?」10代・Bさん(前編)
日々、私たちの活動をご支援いただきありがとうございます。 支援の件数が増えていくのを見ていると、若者を応援してくださる社会があることを実感し励みになります。 今回も実際に夜のユースセンターを利用している若者へのインタビューをお届けします。 どんな若者が利用しているのか、なにが彼らにとって必要なのかリアルの声をぜひご一読ください。 ■□■□■□■□■ 今年の4月ごろから顔を見せはじめたBさんは 当法人と連携関係にある都立全日制高校の3年生だ。 とても高校生には見えない落ち着きと風格(!)がある。 画像のレタッチや動画編集が得意なので、 卒業後は職業訓練校でクリエイティブ制作を学ぶことになっている。 ――――――――― 中学1年生のときに双極性障害に。 つい最近まで調子が悪かった。 ――――――――― 全日制高校に通っています。3年生です。でも、19歳です(笑)。 高校1年生のときに半年間入院したため、留年しています。 最初は精神科にうつで入ったんですけど、いろいろと健康状態も良くなかったし、薬の調整も難しかったので、入院が長引いてしまいました。 最初にうつになったのは中学1年生の終わりごろ。躁うつ状態で、元気だったり、かと思うとひどく落ち込んだり、気持ちの浮き沈みが激しかった。必死で学校に行くけど、給食を食べる時間くらいまでしか持たない。ちょくちょく入院もしていました。 「これってうつじゃないか?」と気づいたのは僕自身です。自分で本を読んでいたので心配になって、親に相談して、一緒に精神科に行ってもらいました。 自分の状態を先生に話して、いろいろな検査をしてもらって。ADHD傾向のある躁うつ病(双極性障害)と診断されました。 薬の効果が出ないときはきつかったですね。もう一日中イライラしているみたいな感じ。睡眠薬で強制的に眠るしかない状態が続きました。本当にしんどいんです。そのせいで学校にはあまり行けませんでした。 当時は細かく検査しなかったんですが、最近、ADHDの診断も出ました。 ずっと、自分は周りとはちがうという感覚があって、普通の子たちみたいに勉強ができない んですね。机に向かって集中しようとしても、すぐにほかのことに目が行っちゃうので注意散漫になってしまう。 最初のうちは、「周りと一緒じゃなきゃいけない」という変な意地があったので、自分が周りとちがうことを認められませんでしたね。 でも、ちょくちょく倒れちゃうし、疲れて起き上がれないということが頻繁にあったので、少しずつ「自分は普通じゃない」ことに気づいていきました。 ――――――――― 家族、親友、高校の先生…… 多くの人が支えてくれた。 ――――――――― 今は、母と弟、妹と一緒に住んでいます。父は、祖母の世話をするために地方に住んで、その地域で働いています。しょっちゅうは帰って来られないけど、夏休みには帰ってきていました。 僕が躁うつになったとき、特に母がすごく心配していました。ろくに中学校に通えていなかったので、「大丈夫? 大丈夫? 高校進学できるの?」とよく聞かれました。中学の先生たちからも、「全日制は無理じゃないか、通信制を考えてみては?」と言われていたので、心配したんでしょうね。 同じ中学の家族ぐるみで仲の良い親友が、少人数制の全日制を希望していることもあって、僕もがんばって受験して、無事合格できました。まぁ、入学後、すぐに入院しちゃうんですけど……(笑)。 高校の先生たちも、僕が入院するときに親身になってくれて、中退させられるかと思ったんですけど、留年で済んでよかったです。母は「中退しなくてもいいんですか? 良かった」と泣いてました。 母は本当に僕のことを考えていてくれて、めちゃくちゃ感謝してます。 普通なら、親と子はぶつかるものかもしれませんが、お互いにイライラしたときは、僕は親友の家に泊まりに行く。母は親友のお母さんに愚痴をこぼす。弟も妹もみんなで助け合う。母の調子が悪いときは、母方の祖父母が手伝いに入ってくれたり……。 高校の先生たちも含めて、僕は周りの人に恵まれています。周りに悪い人がいないんですよ。 ■□■□■□■□■ 投稿文字数の関係で後編に続きます。 夜のユースセンターを利用するBさんに起きた変化とは? 高校の留年。全国で約8000名、約0.3%というかなり珍しいケースではありますが、そうした人生を歩む道程は大人の私たちからみると険しく見えますが、少なくとも今のBさんはそれを受け入れながらも前に進む努力をされているように思います。 育て上げネット 寄付担当 山崎
【ネクストゴール850万円挑戦中】孤独・孤立から子どもを守りたい。家でも学校でもない第3の居場所を立川市につくる
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利用者インタビュー「僕、そんなにしっかりして見えますか?」10代・Bさん(前編)
日々、私たちの活動をご支援いただきありがとうございます。 支援の件数が増えていくのを見ていると、若者を応援してくださる社会があることを実感し励みになります。 今回も実際に夜のユースセンターを利用している若者へのインタビューをお届けします。 どんな若者が利用しているのか、なにが彼らにとって必要なのかリアルの声をぜひご一読ください。 ■□■□■□■□■ 今年の4月ごろから顔を見せはじめたBさんは 当法人と連携関係にある都立全日制高校の3年生だ。 とても高校生には見えない落ち着きと風格(!)がある。 画像のレタッチや動画編集が得意なので、 卒業後は職業訓練校でクリエイティブ制作を学ぶことになっている。 ――――――――― 中学1年生のときに双極性障害に。 つい最近まで調子が悪かった。 ――――――――― 全日制高校に通っています。3年生です。でも、19歳です(笑)。 高校1年生のときに半年間入院したため、留年しています。 最初は精神科にうつで入ったんですけど、いろいろと健康状態も良くなかったし、薬の調整も難しかったので、入院が長引いてしまいました。 最初にうつになったのは中学1年生の終わりごろ。躁うつ状態で、元気だったり、かと思うとひどく落ち込んだり、気持ちの浮き沈みが激しかった。必死で学校に行くけど、給食を食べる時間くらいまでしか持たない。ちょくちょく入院もしていました。 「これってうつじゃないか?」と気づいたのは僕自身です。自分で本を読んでいたので心配になって、親に相談して、一緒に精神科に行ってもらいました。 自分の状態を先生に話して、いろいろな検査をしてもらって。ADHD傾向のある躁うつ病(双極性障害)と診断されました。 薬の効果が出ないときはきつかったですね。もう一日中イライラしているみたいな感じ。睡眠薬で強制的に眠るしかない状態が続きました。本当にしんどいんです。そのせいで学校にはあまり行けませんでした。 当時は細かく検査しなかったんですが、最近、ADHDの診断も出ました。 ずっと、自分は周りとはちがうという感覚があって、普通の子たちみたいに勉強ができない んですね。机に向かって集中しようとしても、すぐにほかのことに目が行っちゃうので注意散漫になってしまう。 最初のうちは、「周りと一緒じゃなきゃいけない」という変な意地があったので、自分が周りとちがうことを認められませんでしたね。 でも、ちょくちょく倒れちゃうし、疲れて起き上がれないということが頻繁にあったので、少しずつ「自分は普通じゃない」ことに気づいていきました。 ――――――――― 家族、親友、高校の先生…… 多くの人が支えてくれた。 ――――――――― 今は、母と弟、妹と一緒に住んでいます。父は、祖母の世話をするために地方に住んで、その地域で働いています。しょっちゅうは帰って来られないけど、夏休みには帰ってきていました。 僕が躁うつになったとき、特に母がすごく心配していました。ろくに中学校に通えていなかったので、「大丈夫? 大丈夫? 高校進学できるの?」とよく聞かれました。中学の先生たちからも、「全日制は無理じゃないか、通信制を考えてみては?」と言われていたので、心配したんでしょうね。 同じ中学の家族ぐるみで仲の良い親友が、少人数制の全日制を希望していることもあって、僕もがんばって受験して、無事合格できました。まぁ、入学後、すぐに入院しちゃうんですけど……(笑)。 高校の先生たちも、僕が入院するときに親身になってくれて、中退させられるかと思ったんですけど、留年で済んでよかったです。母は「中退しなくてもいいんですか? 良かった」と泣いてました。 母は本当に僕のことを考えていてくれて、めちゃくちゃ感謝してます。 普通なら、親と子はぶつかるものかもしれませんが、お互いにイライラしたときは、僕は親友の家に泊まりに行く。母は親友のお母さんに愚痴をこぼす。弟も妹もみんなで助け合う。母の調子が悪いときは、母方の祖父母が手伝いに入ってくれたり……。 高校の先生たちも含めて、僕は周りの人に恵まれています。周りに悪い人がいないんですよ。 ■□■□■□■□■ 投稿文字数の関係で後編に続きます。 夜のユースセンターを利用するBさんに起きた変化とは? 高校の留年。全国で約8000名、約0.3%というかなり珍しいケースではありますが、そうした人生を歩む道程は大人の私たちからみると険しく見えますが、少なくとも今のBさんはそれを受け入れながらも前に進む努力をされているように思います。 育て上げネット 寄付担当 山崎
孤独・孤立から子どもを守りたい。家でも学校でもない第3の居場所を立川市につくる
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利用者インタビュー「僕、そんなにしっかりして見えますか?」10代・Bさん(後編)
前編に続き、Bさんのインタビューをまとめています。 どんな若者が利用しているのか、なにが彼らにとって必要なのかリアルの声をぜひご一読ください。 ■□■□■□■□■ 今年の4月ごろから顔を見せはじめたBさんは 当法人と連携関係にある都立全日制高校の3年生だ。 とても高校生には見えない落ち着きと風格(!)がある。 画像のレタッチや動画編集が得意なので、 卒業後は職業訓練校でクリエイティブ制作を学ぶことになっている。 ――――――――― 高校卒業後に相談できるところがないから 夜ユースのスタッフを頼りたい。 ――――――――― 夜ユースに来るようになったのは、高校の先生たちのすすめと、後輩の女子が誘ってくれたからです。その子は、先にここへ来るようになっていて、「一緒に行こうよ!」という話になったわけです。 僕は率先して誰かに話しかけるタイプではないので、初めて来たときはしゃべりづらいなぁと思いました。でも、後輩の子が遅れてやってきたあとからは、だいぶ馴染むことができました。気まずいながらも話していて楽しいなぁ、と思いました。 土曜日は本当に何もやることがなかったんです。母はゆっくり家事がしたいから、「ジャマだ」という目で僕を見る。だから、出かけられる先があって助かっています。 母には、ここに来た初日に、こういうところに行ってきたと報告しました。家族の分のお弁当をおみやげにもらっていたので、「毎週、お弁当がもらえるなら行ってきなよ」と言ってました(笑)。 高1で入院したあと、障害者手帳を取りました。学校の先生や心理士さんと相談して、「取れるなら取っておこうか」という軽い気持ちです。 だから、高校卒業後は、東京障害者職業能力開発校に行こうと思っています。 今までの自分のやり方、過ごし方、体調面、精神面を考えると、障害者枠でゆったり働くのが合うんじゃないかと思ったんですよね。 元気そうに見えますけど、今も不安定で、体調管理は難しい。日中は活発に動けても、朝は時間通りに出かけられない。早寝早起きで、6時くらいには起きているのに、体が動かなくて9時ぐらいに登校することも少なくありません。 進路の話は、主に学校の先生と話し合って決めました。 夜ユースのスタッフには相談しなかったというか、先生との間で話がまとまったので、相談することがなかったという感じですね。 ただ、職業能力開発校に行ったあとからは、ここを頼ろうと思っています。高校を卒業してしまうと、ほかに相談する場所がないので……。 夜ユースに来るようになったのはたまたまだったし、なんか楽しいというだけで通っていますけど、これからのことを考えると、ここに来たのはいい選択だったかなと思います。だから、今のうちに関係性を作っておいて、いつでも頼れるようにしておこうと考えています。 え? 僕、そんなにしっかりして見えますか? 普通、躁うつみたいな病気って、もっとおとなになって経験するものじゃないですか。それを僕は中学生で経験して、ずっと障害者として生きてきているので、健常者に見えないものが見えているのかもしれないですね。 つらいときにいろいろな人がサポートしてくれた経験も大きかったですよね。中高の先生、主治医、入院しているときに出会った患者さんたち、そしてもちろん、家族や祖父母、親友とそのお母さん……いろいろな人に関わってもらった経験が生きているような気がします。 ■□■□■□■□■ さまざまな困りごとを抱えやすい若者たち。急に苦しい状況に陥ると、ちょっとした関係では私たちも気づかないまま孤立していることもあります。週に1回の夜のユースセンターで様子を見守っているからこそ、予防と早期発見につながると考えています。 来年度もこの取り組みを継続していくため、みなさまの支えが必要です。 ご支援・ご協力のほど、よろしくお願いいたします。 育て上げネット 寄付担当 山崎 (視察・見学のお問い合わせは https://www.sodateage.net/contact/form-donation/ からご連絡ください)
孤独・孤立から子どもを守りたい。家でも学校でもない第3の居場所を立川市につくる
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コアラの赤ちゃんの名前を募集いたします!
令和7年4月と5月に誕生した2頭のコアラの赤ちゃんの名前を募集します。 母親はキボウとインディコで、2頭とも3度目の子育てのベテランママです! オスとメスの赤ちゃんはすくすく成長しています。 募集期間は令和7年12月20日(土)から令和8年2月8日(日)で、公式ホームページ専用フォームにて募集いたします。 当園のコアラは皆様に愛され、見守られながらすくすくと成長しています。 コアラたちの近況は公式SNSでの随時紹介しておりますので、ぜひご覧ください。 お近くにお越しの際は、ぜひ平川動物公園コアラ館までいらしてください。
飼育頭数日本一!平川動物公園のコアラ応援プロジェクト(令和7年度 第2弾!)
鹿児島県鹿児島市
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