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2020/06/03 (水) 11:21

「ものづくり」の伝統をつなぐまち① ~ 高梨商店編 ~

伊八イズムを受け継いだ鴨川のものづくり

 鴨川出身の『波の伊八(いはち)』は、波を彫らせたら天下一品「関東に行ったら波を彫るな」とまで言わしめた名工です。
躍動感と立体感溢れる横波を彫り、同世代に活躍した葛飾北斎の「富嶽三十六景」などの画風に強く影響を与えたといわれています。
 房総南部を中心とした神社や寺院に多くの彫刻を残した伊八ですが、
「実は波の伊八って一人じゃないんだよ。」
 との情報を耳にしました。
「え?!そうなの?!」と少しだけ波の伊八について調べたところ、
『初代 武志伊八郎信由(たけしいはちろうのぶよし)』から『五代目 武志伊八郎信月(たけしいはちろうのぶつき)』まで、約180年間続いた彫刻技術や思いなど、全てをひっくるめて『波の伊八』と呼ぶのだとか。

 一つ賢くなった担当者は「鴨川市の事業者さんにも、長年続いている事業者さんたくさんいるなぁ。」と思い至り、鴨川市の返礼品提供事業者さんを調べたところ、なんと!創業100年以上の老舗が軽く10件を超えていました!
「何か共通点があるのでは?( ̄∇+ ̄)キラーン」と思い付き、初回ブログのテーマを決定しました。
『伊八イズムを受け継いだ鴨川のものづくり』
うまくまとまるか不安ではありますが、どうぞお付き合いください。

伊八を知る

『波の伊八』についての知識がお粗末な担当者は、まず伊八の勉強からです。

鴨川市郷土資料館館長 石川丈夫(いしかわ たけお)氏に『伊八と鴨川のものづくり』について寄稿いただきました。

「ものづくり」の伝統が息づくまち・鴨川

 鴨川には、「伊八」の名前を名乗って、神社仏閣の建物を装飾する彫刻の制作を生業として活躍した彫工がいました。
「伊八」の名は、宝暦2年(1752)生まれの初代から、昭和29年(1954)に死去した5代まで、およそ180年にわたって受け継がれました。
特に初代は注文が絶えない程の仕事を請け負い、安房、上総、相模、江戸の各地に数々の傑作を残しました。房総半島南部の人々の美意識に支えられた初代伊八の作品は、時代を超えて現代の人々にも感動を与える高い造形性を誇っています。
 初代伊八の時代から作り続けられているのが、「万祝(まいわい)」と呼ばれる衣類です。
万祝は、大漁が得られた際に、船主や網主から贈られた反物から仕立てられました。その習俗は房総半島全域で行われていましたが、現在では鴨川市内でしか制作されていません。200年以上にわたって受け継がれて来た図柄や色彩は、危険と隣り合わせの生業に携わる漁師たちの心意気を表現しています。
 このように、鴨川では、地域の人々の暮らしを飾り、生活に彩りを与える「ものづくり」の伝統が脈々と受け継がれて来ました。その伝統と精神を受け継いで、現在の鴨川には真摯に「ものづくり」に取り組む「つくりてたち」がいます。彼らがつくるものは様々ですが、人々に感動を与えられるものを提供するために、それぞれの分野で日夜「ものづくり」に励んでいます。
伊八や万祝の伝統を受け継ぐまち・鴨川の「つくりてたち」の思いが込められた品々が、地域を超えて、多くの人のもとに届けられることを願います。

鴨川市郷土資料館長 石川丈夫

 ここで担当者が興味を持ったのは、『初代は注文が絶えない程の仕事を請け負い、数々の傑作を残した。』という記述です。
石川さんに「なぜ伊八は注文が絶えない程仕事を請け負えたんですか?」と質問をしたころ、
「お施主さん(依頼人)の求めることに真摯に対応し、柔軟でおおらかな適応力により、求められたものを状況の変化に応じて提供できるホスピタリティの精神と郷土愛が注文につながったのではないか。」
 との回答をいただきました。文字でおこすとわかりにくいかもしれないですので、写真を1枚。

 上の写真は鴨川市の大山不動にある伊八の作品です。米どころ長狭に恵みの雨を降らせる二体の竜は
「飛竜と地龍を上下に配し、波頭から空へ立ち昇る水気は雲となり雨を呼ぶ。」と言われています。
 この作品を見て担当者は納得してしまいました。
造形がどうのなんて専門的なことはわかりませんが、めちゃめちゃ雨の恵みをもたらせてくれそうじゃないですか?

下の写真は、竜が見つめている方角を撮影してみました。
初夏の木々にさえぎられていますが、米どころの長狭地区や鴨川の海まで一望できるこの場所に、
「雨の恵みをもたらす彫り物を」
と依頼されて、飛龍と地龍とを彫り上げた。お施主さんを含めた地元の人達の願いや、思いや求めるものを必死に考えて作ったんだろうなぁと強く感じました。

「求められたものに柔軟に対応するしなやかさ、負けん気の強い職人気質により、いいものを作り上げてしまう何か」を初代伊八は持ち合わせていて、その気質は鴨川でものづくりを続ける方たちとの共通するのではないか。そんな風に思われました。

手焼きおかきの高梨商店

 さて、そんな”伊八気質”をもちあわせた鴨川市の事業者さんはどこだろう。そう考えたとき、ふと高梨商店さんから頂いた依頼を思い出しました。
「ウチで出してる返礼品の地域別の寄附申込数を教えてほしい。」集計は簡単ですが、何に使うのかと尋ねたところ、「醤油味の好みは地域によって違うから、今後の味付けの参考にしたい。」とのこと。これは伊八のような気質が伺えます。
そんな訳で手焼きおかきの高梨商店さんに突撃取材を行いました。

高梨商店の歴史

手焼きおかき「高梨商店」は昭和47年開業、今年で創業48年です。
初代 高梨信行(たかなしのぶゆき)さんが、埼玉で修業し、33歳の時「おかき・あられ専門店」として地元商店街の一角に開業しました。
店舗の裏に工場を作り、生地から焼き上げまですべて手造りで作られたおかきは、長年地元の人たちに愛されてきました。

 現在は二代目の貴央(たかお)さんが技術を引き継ぎ、地元の人たちに支えられつつ、試行錯誤しながら新しいことにも取り組んでいます。平成元年には二号店をオープンし、それに伴い工場も移転。手焼きおかき体験もできるようになりました。

いまだにこんなことやってます。

 高梨商店さんの一番のこだわりは、業者さんに「まだ使ってるんですか?」と驚かれるほど希少な二段釜。
この特注の二段釜は初代 信行さんの代から使い続けているそうですが、一度釜に火を入れると最低2時間は釜の前から離れられないそうです。一段の釜とは異なり、上段・下段ひっきりなしに生地を返さなくてはならないため、肩への負担がものすごいとか…

「手がかからない一段釜や機械に変えようと思ったことはないんですか?」
 と貴央さんに尋ねたところ、
「釜を変えようと思ったことも、調べたこともないんですよね(笑)釜の焼き癖をよく知ってるから。違う釜になるとまたふりだしに戻るから面倒でしょ?」
機械が古くなってもこの釜じゃなきゃ焼けない!とメンテナンスしながら使い続けるのだそうです。

変えていくもの。

 伝統と技術を守りつつも変えていくものもあります。
高梨商店さんでは、その時々の気温・湿度・もち米の甘み・昆布の塩気などを考慮し、出汁醤油の配合を変えています。
素材の味をしっかり味わえるおかきの味付けは、高梨さんの長年の勘によって絶妙なバランスで提供し続けられています。

 生地の自然乾燥では初代 信行さんから「返せば返すほど(手をかければかけるほど)美味しくなる」
と教えられた二代目 貴央さんですが、「そんなはわけない!」と反発したものの聞き入れてもらえないこともあったとか。

 「自分の代になってから、本当にいろいろ試してみたんです。生地に全く手をかけなかったらどうなるか。敢えて教えてもらったことに逆らった手順にしてみたりもしました。たくさん生地を無駄にしました(笑)」
と、笑いながらお話してくれた貴央さんですが、信行さんから受け継いだ技術を知識と経験でひとつひとつ裏付けしていく姿が垣間見えました。

 高梨さんのお話の中にも「こだわりが強く負けん気の強い、求める人に応えいいものを作り上げてしまう鴨川の職人気質」は見え隠れしていました。
 雑談の中で担当者が「”こいくち”の割れおかきが大好きなんです」と話したところ、
「あれは作業中に出てしまうハネダシなので、狙って作れないんですよね。でも狙って作れるようにしてみます!」
 と言ってくださいました。
こんなところも、『人の求めることに真摯に対応し、求めるものを提供できるホスピタリティ』伊八に似た気質が見受けられます。

 こんなふうに鴨川市には、長く続く伝統を守るだけではなく、”ものづくり”に対し真摯に向き合い、品質の高いものを自然に作ってしまう方たちがたくさん存在します。

今後もそんな人たちと、その人たちが作り上げるものを紹介していきたいと思います。

高梨商店のおかきができるまで

高梨商店さんのおかきができるまでを動画にまとめてみました。
香ばしい香りまでお届けできますように。(人❛◡❛)

応援ありがとうございます!

鴨川市ふるさと納税事務局:清水

鴨川市ふるさと納税事務局の清水です。ふるさと納税業務を通じてたくさんの「鴨川のいいもの」を発見&勉強させていただいています。事業者さんから教えて頂いた感動を、少しでも寄附者様にお伝できるよう頑張ります!

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