昭和5年製造の蒲原鉄道「モハ11」 時代を駆け抜けた車両をのこしたい!

カテゴリー:伝統・文化・歴史 

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寄付金額 972,000

48.6%

目標金額:2,000,000

達成率
48.6%
支援人数
47
終了まで
70
/ 88

新潟県五泉市 (にいがたけん ごせんし)

寄付募集期間:2022年6月15日~2022年9月10日(88日間)

新潟県五泉市

プロジェクトオーナー

新潟県内初の乗客、貨物を扱う私鉄として「蒲原鉄道」は大正11年(1922年)9月29日に創立し、2022年に100周年を迎えます。1999年10月3日に創立から77年で廃線となりましたが、使用されていた車両「モハ41」は粟島公園に、「モハ11」は城跡公園に保存されています。

城跡公園の「モハ11」の車体は古く、長らく野ざらし状態だったため、老朽化が進んでおり、維持していくためには、早急に修復が必要になっています。この再生プロジェクトで、車両本体の屋根や外観などを修復し、ひとを運び、ものを運び、夢や希望をのせて時代を駆け抜けた電車を保存していきます!

新潟県五泉市

五泉市は、新潟県のほぼ中央、県都新潟市の南東に位置する、人口約51,000人、面積351.9平方キロメートルを擁する市です。
良質で豊富な水資源に恵まれ、古くから絹織物の産地として知られ、戦後めざましい発展をみたニット産業は、全国的な産地となっています。
また、山、川、水と豊かな自然の恵みの中で、全国的にも有数なぼたん、チューリップ、栗や銀杏(ぎんなん)、里芋、養殖鯉など数多くの特産を生み出しています。

市章は五泉市の頭文字「五」を、チューリップの花にシンボライズしています。2つの丸は合併した2市町の人が手を取り合い、未来に向かって躍動する様子を表現しています。
また、上部は三方の山を、下部は阿賀野川、早出川を表し、青色は清流、緑色は自然を表しています。  
マスコットキャラクターのいずみちゃんは五泉市のシンボルマークから誕生しました。

「ずっと五泉。~次の一歩を、ともに未来へ~」
 市民の誰もが安全・安心な環境で、潤いや安らぎを感じながら「ずっと」幸せに暮らし続けることができるまち。
 五泉市が目指すまちづくりの将来像です。
 
「大好きな五泉にこれからもがんばってほしい」、「自分を育ててくれたふるさと五泉の発展に貢献したい」、そんなあなたからの応援をお待ちしております。

GCFプロジェクト進捗情報一覧

現在進捗情報はありません。

ふるさと納税で
このプロジェクトを応援しよう!

ふるさと納税とは、ふるさとや応援したい自治体に寄付できる制度です。
控除上限額内の2,000円を超える部分について、所得税や住民税の還付・控除が受けられます。

控除上限額かんたんシミュレーション

結果:-

蒲原鉄道車両「モハ11」はボロボロ ....ふたたび輝きを

現役時代の「モハ11」

旧村松駅貨物ホームに停車中のモハ11

蒲原鉄道車両「モハ11」は、蒲原鉄道が、磐越西線・五泉駅から信越本線・加茂駅まで21.9kmが開通した当時から昭和60年まで走行してきました。

昭和10年ごろは、旅客をはじめ穀物、織物、鉱石等の貨物を輸送し、沿線住民の足として最も活躍、貢献してきましたが、昭和60年3月、加茂・村松間17.7kmが廃止され、バス輸送に変換したため、ほとんど改造されることもなく、ワンマン化対応もされないまま「モハ11」は廃車となりました。

「モハ11」とは?

「モハ11」は、12m級半鋼製車輛で、昭和5年(1930年)に日本車輛で製作されたものです。

廃車になってから一度も補修が行われていません

ボロボロのおじいちゃん車両

廃車になってから一度も補修等は行われず、しばらくは野ざらし状態で保存していたため、腐食が進んでいます。
この「モハ11」は、小学校の目の前に保存されており、また、公園内ということもあり、まいにち、子供たちの目に触れていますが、このおじいちゃん車両に近づくと思った以上にボロボロで、このままにしておくと朽ち果ててしまいそうです。

力強く、華々しく町の中を走っていた現役の頃の「モハ11」の姿を後世にのこしていきたい!
ここに電車が走っていたことをずっと忘れないでほしい!!
もう一度輝いてほしい!!!

そんな思いからこのプロジェクトを計画しました。

まいにち、こどもたちを見守っています(下校風景)

蒲原鉄道の資料を常設展示している五泉市村松郷土資料館

リメイクした座席の布で「モハ11」を体感

郷土資料館の展示室

公園の一部が軌道敷だったこともあり、「モハ11」が保存されている城跡公園。その公園内に五泉市村松郷土資料館があります。

この資料館の2階展示室には、蒲原鉄道に関する資料が展示されており、運転士や車掌が身に着けていた制服や鉄道模型、当時の時刻表などが並んでいます。展示室内のソファーは、実際使用していた電車の座席の布をリメイクして使用しています。

「蒲原鉄道創立100周年特別展(4/1から6/12まで)開催期間中は、市外の方も多くいらっしゃってます。関心の高さを感じます。」と話す郷土資料館管理員の樋口さん。

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痛みの激しい車両の屋根や建具などの修繕工事を行います

頂いたご寄付の使い道

【工事概要】

・車両屋根防水工事・・・・車両本体の屋根部分の防水工事を行います。
・車両塗装工事・・・・・・車両全体の塗装を行います。
・車両建具修繕工事・・・・車両のドアや窓などの建具の修繕を行います。

今回のご支援は、修復にかかる修繕工事費の一部として、大切に活用いたします。

また、目標金額以上のご寄付を頂いた場合もすべて「モハ11」の修繕工事費に活用させていただきます。

蒲原鉄道を応援してくださっている地元の方々

昭和初期の懐かしい電車を令和へその先へ

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城跡公園に保存されている蒲原鉄道モハ11は、大正後期から昭和初期にかけて製造された「半鋼製車両」(車体は鋼製、屋根及び内装は木製)の生き残りとして、大変貴重な存在です。とりわけ地方私鉄が発注した全長12m余りの小型電車は数が少なく、当時の日本の産業遺産としても貴重であるといえます。

村松ー加茂間の廃止後、37年に渡り関係者の皆様の手により保存がなされてまいりましたが、さすがに痛みが激しくなってきました。

城址公園の一角が蒲原鉄道の軌道敷であった当時を知る方々も少なくなってきています。

私たちは、蒲原鉄道が生活の一部として走っていた「時代」をありのままに記録し後世へ伝えたいという思いから、2冊の本を自費出版しました。

このプロジェクトに賛同いただける皆様へのお礼の品として自費出版本の提供を通じ、五泉市の観光資源・産業遺産である蒲原鉄道「モハ11」を再生し、次の世代に残すための五泉市の事業を応援します。

モハ11再生プロジェクトGCF担当

なんだか、ほっこりする懐かしい思い出がよみがえります

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私にとって蒲原鉄道といえば、子供のころ、車の運転のできない母と一緒に、五泉駅から村松駅まで乗って出かけたことを思い出します。

大きな乗り物は、アトラクションの一つのように思えて「今日は電車に乗って出かけるよ。」と言われるとなんだか興奮していました。
駅の売店でお菓子を買ってもらい、改札口を過ぎると知らない人たちがいっぱいいて、少し緊張して電車に乗ると、しばらくして大きなモーター音がしてガタゴトと揺れ始め、少しずつスピードを上げる電車が少し怖くなって下をみると、木の床の隙間から線路が見えて余計に怖くなり、母の手を降りるまで繋いでいました。

市内に保存しているもう一車両「モハ41」は車両内に入ることができます。このプロジェクトを開始するにあたり、ひさしぶりに車両内に入りましたが、「あ~そうそう。このにおい!!」とずっと忘れていた子供のころの記憶でしたが、電車の油のにおい?と共に思い出しました。
あの時、母と乗っていた電車は、「モハ11」だったのかもしれないと思うと感慨深いものがあります。

蒲原鉄道株式会社 代表取締役 茂野 一弘 様

地元に愛された鉄道として、また、まちのシンボルとして末永く保存していただきたい

蒲原鉄道は大正12年10月に村松~五泉間が開通、昭和5年7月に村松~東加茂間が新たに開通し、その年の10月には加茂(現在のJR加茂駅)まで延伸しました。

新潟県内初の電気鉄道として、地元の方々の支えにより、地元の生活の足として走り続けてまいりましたが、昭和60年3月に加茂線が廃止、平成11年10月には、五泉線の廃止と77年間の鉄道輸送に幕を下ろしました。
昭和初期に製造された車両で外板は鉄板ですが、中に入ると天井や床などは木でできています。走行中の揺れや振動は現代の車両よりも大きいですが、これがなんとも心地よい、木のぬくもりを感じます。

弊社蒲原鉄道も今年の9月で創立100年を迎えますが、全盛期に活躍していたこの車両、現代の電車とは違ったなんともいえない暖かな雰囲気も感じるこの車両を、これからも地元の方々や鉄道ファンの方々に見て触れていただき、地元に愛された鉄道として、また、まちのシンボルとして末永く保存していただければ幸いに存じます。

この事業に関しまして是非とも皆様方からのご理解とご協力をいただきたく、よろしくお願いいたします。

寄付者のみなさまへ

「カンテツ」という呼び名で地元から親しまれていた蒲原鉄道。

県内初の乗客、貨物を扱う私鉄としてスタートし、惜しまれながら県内で最後まで頑張っていた私鉄としてゴールを迎えました。人を運び、ものを運び、地元の足として時代を支えてきた鉄道は、地元だけでなく、日本の産業そのものを支えてきました。その日本産業の遺産を後世につないでいくことは、その時代の人々の思いをつないでいくことだと強く感じています。

当時を知り、懐かしむ方々、電車が走っていた時代を知らない地元の若いひとたち、全国の鉄道ファンの方々にこれからも末永く愛されてほしい。

このような趣旨にご理解を賜り、温かいご支援、お力添えをお願い申し上げます。

来年春、よみがえった「モハ11」を、ぜひ見に来てください。(桜の時期は特に見ごたえがあります。)心よりお待ちしております。

モハ11再生プロジェクト お礼の品のご紹介

モハ11再生プロジェクト記念ケース入り 蒲原鉄道廃線未使用切符

※写真はイメージです。

蒲原鉄道が当時発行していた未使用切符を「モハ11」再生プロジェクトのために製作した記念ケースに入れてお届けします。
この記念ケース入り切符は、蒲原鉄道に関連する返礼品すべてに1つお付けいたします。
(書籍、お酒、カメラストラップ、廃線記念乗車券セット)


  • GCFとは?

このプロジェクトへの応援メッセージ

  • 高校の時、原付バイクで村松に行った事があって村松駅で見た記憶があります。今になって乗らなかった事を後悔しています。微力ながらお手伝いさせて下さい。

    2022年6月25日 20:12

  • 早急な修復が必要と聞いて、僅かながら寄附させていただきます。

    2022年6月25日 12:59

  • 綺麗になったモハ11と昔のことを思い出したり、小学生の方などの新たな思い出の一部になってくれれば幸いです。

    2022年6月23日 6:48

  • 地域経済を支えた貴重な電車を末永く保存していただきたいと思います。

    2022年6月19日 17:38

  • 五泉応援団の一人として支援出来完成が楽しみです。
    頑張って下さい。

    2022年6月18日 4:59

  • 小さい頃から親しみがあり、僕の鉄道好きの原点とも言える路線です。綺麗に修復し、これからも長く五泉の皆さんに親しまれる存在になってほしいと思います。

    2022年6月16日 23:17

  • 蒲原鉄道には、大学生の頃旅をしていて一度全線乗りました。冬鳥越スキー場とか懐かしいです。晩年は五泉駅で村松ゆきが停まっているのを見かけましたが、乗らなかったのが残念です。ぜひきれいにしてこどもたちに思い出を語り継いでください。

    2022年6月16日 2:44

  • 蒲原鉄道のモハ11を修復してくれる事を嬉しく思います。
    以前から修復してくれるといいなと思いがあり今回のふるさと納税の活用で協力したいと思いました。
    五泉は新津から会津若松を走るSLばんえつ物語や早出川ダム、村松公園など魅力が沢山あります。
    この街を知らない人にPR出来る様に様々な事をしたいです。

    2022年6月15日 22:50

  • 田邊市長へ。若い力で、良きリーダーとして、元気なまちづくりを!

    2022年6月15日 21:03

  • 私の出生地で走っていた越後交通の保存電車はすべてなくなりました。
    蒲原鉄道の車両は末長く大切に保存していただきたいです。

    2022年6月15日 20:28

  • 学生時代にお世話になりました。この車両は残したい。ぜひお願いします。

    2022年6月15日 12:41

  • Negiccoが好きでコロナ禍前は年に何回も新潟に行っており、その縁で、以前乗った蒲原鉄道の車両保存のことを知りました。プロジェクトの成功を祈っております。

    2022年6月15日 9:04

  • 蒲原鉄道は1985年に乗ったことがあり、とても懐かしいです。綺麗に整備して末長く保存されることを祈っております。

    2022年6月15日 8:57

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