よみがえる古代の眺望!秋田城跡景観再生プロジェクト

カテゴリー:伝統・文化・歴史 

寄付金額 28,000

1%

目標金額:2,758,000

達成率
1%
支援人数
2
終了まで
90
/ 90

秋田県秋田市(あきたけん あきたし)

寄付募集期間:2026年7月1日~2026年9月28日(90日間)

秋田城跡歴史資料館

プロジェクトオーナー

「秋田」という地名。実は古代にこの地にあった秋田城という施設の名前が、1000年以上の時を超えて定着したのをご存知でしょうか。
奈良時代、当時の日本と外国の境界に造られた秋田城は、外国に対して日本の高い技術力と威厳を示す極めて重要な施設であり、陸も海も一望のもとに見渡せるランドマークとして機能していました。
しかし現在、外来種の樹木などが激しく繁茂し、古代の人々が重要視した眺望は完全に遮られてしまっています。
私たちは今回、秋田のルーツである秋田城をより五感で体感していただきたい!と考え、繁茂した樹木を伐採し、1000年以上前にこの地に住んでいた人々が最重要視した眺望を復活させるため、このプロジェクトを立ち上げました。

プロジェクトの目的

国指定史跡「秋田城跡」は733年(奈良時代)に造られた古代の遺跡です。現在は史跡公園として整備され、当時の膨大な数の行政文書や道具、最先端の水洗トイレや非鉄製の甲(よろい)など、全国的にも例を見ない貴重な遺物や遺構が多数発掘され、復元・展示しています。
これらは古代東北・日本の歴史を語るうえで欠かせない極めて重要な物ですが、秋田城が造られた際、当時の人々が最も重視したのは「立地と眺望」です。
標高約50メートルの高清水丘陵に造られた秋田城は秋田平野や日本海を一望できる圧倒的な眺望を持っていました。陸からも海からも見える秋田城は、当時の外国である北東北や北海道、大陸の渤海国の使者が最初に目にする日本のランドマークであり、国家の威厳を最北の地にまで示す重要な役割を果たしていたのです。

しかし現在、史跡内では外来種の樹木などが繁茂してその眺望を妨げており、貴重な遺物や遺構を見ることはできても、「なぜこの土地が選ばれたのか」その一番の理由を五感で体感することができません。

今回のプロジェクトでは、皆さまからいただいたご支援をもとに、史跡内および周辺の繁茂した樹木を伐採し、古代の人々が重視した眺望の復活を目指します。
唯一無二の遺物展示と、復活した壮大な眺望。2つが揃って初めて、この史跡は真価を発揮し、古代をより体感できる歴史観光スポットになると確信しています。

空撮(秋田城跡から北西方向)

プロジェクトの内容と寄付金の使い道

私たちが最終的に目指すのは、古代の人々が重視したであろう場所からの景色を全て復活させることです。しかし、秋田城跡の敷地は約90ヘクタール(東京ディズニーランド1.7個分)と広大であり、史跡指定地内には民地も多く抱えているため、短期間で全て行うことは不可能です。
そこで、プロジェクトを複数年度に分けて行い、令和8年度は次の事業を実施する予定です。

・政庁から鳥海山への眺望確保

秋田城の中でも最も重要な施設である政庁からは、天気が良い日、秋田県と山形県の県境にある鳥海山を見ることができます。秋田城の敷地の中で唯一の場所です。
古来より霊峰として崇拝されていた鳥海山を真正面から見える位置に、重要な政務や儀式を執り行う政庁を配置したことには、秋田城を造る際、何らかの意図があったと推察されます。
しかし現在、樹木が生い茂り、その眺望を完全に遮っていることから、これらを伐採し、雄大な鳥海山への眺望を復活させます。

・鵜ノ木地区の景観整備

鵜ノ木地区は秋田城の外郭にあたり、復元された奈良時代の水洗トイレや陰陽師が祭祀を行った古代沼、外国からの訪問者を歓待する迎賓館機能を兼ね備えた附属寺院の遺構などが点在しています。
本来、この地区からは旧雄物川や秋田平野を見渡せたはずですが、現在は敷地裏からニセアカシアなどの外来種の樹木が乱立し見ることができません。
また、この地区には水場が豊富で動植物も多く生息しており、他の植生にも悪影響を及ぼしているため、外来種の伐採を中心とした景観整備を行います。

・アクセス道路の環境整備

史跡公園へ向かうアクセス道路の両端では樹木が繁茂し、道路全体が薄暗くなっています。一部では枝が垂れ下がり、枯れ枝が発生して老朽化しているものもあり、今後危険性が高まる可能性がある樹木が多くあります。
これを解消し、皆さまがより安心・安全に史跡公園を訪れ散策できるよう、枝の剪定などの環境整備を行います。

・寄付金の使い道

いただいた寄付金は、目標金額の達成如何に関わらず、上記の景観整備および緊急性の高い危険樹木の伐採に活用させていただきます。
なお、いただいた寄付金の範囲内での事業実施となりますので、目標金額に達しなかった場合は事業の縮小等を行います。あらかじめご承知おきください。

秋田城の魅力

ここで、秋田城が持つ魅力の一部を紹介します。

1 日本最北の統治拠点

奈良時代、東北地方には蝦夷と呼ばれる人々が住んでいました。天皇を中心とする律令国家はこれを支配するため各地に拠点を設置していき、733年に造られた秋田城はその中で最も北に位置しています。
秋田城は全体を約2キロメートルの瓦葺きの築地塀などで囲み、中心施設である政庁もさらに塀で囲む二重構造であり、これは当時の都平城京をモデルにしていました。建物や門には上級官庁の証である白色の塗装が施され、外郭西門は海からも見える2階建てであるなど、最北の辺境の地でありながらも、国家の国力と威信を国内外に示す重要な役割を果たしていました。
また、地方の統括だけでなく、当時外国であった北東北や北海道、大陸の渤海国との交易・外交など北方交流の拠点として、莫大な富をもたらす日本の北の玄関口にもなっていたのです。

2 全国でも例を見ない貴重な出土品の数々

このような役割を果たしてきた秋田城は、古代の東北・日本を語るうえで欠かすことのできない場所です。
それを裏付けるかのように、全国でも発見例がない非鉄製の甲(よろい)や最先端技術を用いて造られた日本一豪華な水洗トイレ、膨大な数の行政文書など唯一無二の出土品が多数発掘されました。
当時どのような施設があったか、どのような物が使われていたか、住んでいた人たちは何をしていたか、何を食べていたか……古代の謎が次々に明らかになっています。

3 受け継がれる「秋田」の名称 733年からの物語

733年に造られ隆盛を誇った秋田城ですが、律令制度の衰退とともに10世紀中ごろに終焉を迎えます。しかし、北方を鎮護する武家の名誉職「秋田城介」、室町時代の十大港湾のひとつ「秋田湊(現在の土崎地区)」など、「秋田」の名前は残り続けました。
1868年(明治元年)、明治政府により各大名が治めていた土地の名前が決められ、江戸時代に佐竹氏が治めていた地域は、佐竹氏の居城である久保田城に因み久保田藩となりました。しかし1871年、久保田藩自ら、久保田はごく一部の名称でありこの地方は秋田城があった頃から「秋田」であるとして、藩名の変更を申請して承認され、そのわずか半年後の廃藩置県により「秋田県」が誕生しました。
現在、奈良時代の施設名が県名・市名ともに残っているのは「秋田」のみです。
秋田城を起源とし、私たちが普段何気なく口にするこの地名。幾度も使われなくなる可能性に瀕しながらも、この地域の人々によって守られ積み重ねられた歴史、秋田のルーツ・アイデンティティそのものなのです。

4 直感的に楽しむ展示や取り組み

古代というと昔のことすぎて敬遠してしまう方もいるかもしれません。
ですが、秋田城跡歴史資料館ではより直感的に古代を楽しんでいただくため、AR・VRを活用して当時の様子を再現しストーリー仕立てで史跡公園を散策できる機器の貸し出しや、通常では読み取れない古代の文書に赤外線を当てて文字を浮かび上がらせる展示体験などを行っています。また、さまざまな会場での出張パネル展、復元整備された場所でのフリーマーケットなどの開催など、たくさんの方が秋田城をより身近に感じ、楽しめる催しを定期的に開催しています。

あたたかいご支援をよろしくお願いいたします

県外だけでなく県内・市内からご来訪いただいた方からも「こんなにすごい場所だとは思わなかった」という感想をたくさんいだきます。
とてもありがたいことですが、私たちはさらに、驚きだけでなく、「ここに行けば秋田の歴史が分かる」と誰もが知り、立ち寄りたくなる施設を目指しています。

そのためには、当時と同じ場所に立ち、同じ景色を見て、古代に想いを馳せる……その体験が必要不可欠です。
「秋田」を一人でも多くの方により深く体感していただけるよう、ぜひ、皆さまのご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。

【注意】秋田市にお住まいの方へ

秋田市にお住まいの方はご寄付はいただけますが、ふるさと納税の制度上、返礼品をお送りすることはできません。何卒ご了承ください。

ふるさと納税で
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ふるさと納税とは、ふるさとや応援したい自治体に寄付できる制度です。
控除上限額内の2,000円を超える部分について、所得税や住民税の還付・控除が受けられます。

控除上限額かんたんシミュレーション

結果:-

現在進捗情報はありません。

秋田県秋田市

『自然と都市が共存するまち~ありのままの自分を受け入れてくれる場所~』

秋田市は、西には夕日の美しい日本海、東には霊峰太平山を擁する出羽山脈が広がる緑豊かなまちです。
雄大な自然に育くまれ、古くから米どころ・酒どころとしても知られています。

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豊かで美しい環境に恵まれながらも、駅、高速道路、港、空港と陸海空の交通結節点となっており、県庁所在市として十分なインフラやサービスが整っています。

2024年の第12回「住みたい田舎ベストランキング」では、全国ランキング(人口20万人以上のまち)の若者・単身者部門で2年連続1位、シニア世代部門2位に選ばれるなど、幅広い年代の方が、安心して生活できる環境も魅力です。