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【東京都青梅市第1弾】国民文学作家・吉川英治の功績を末永く後世に伝えたい!~青梅市吉川英治記念館の運営支援~

カテゴリー:伝統・文化・歴史 

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寄付金額 221,000

22.1%

目標金額:1,000,000

達成率
22.1%
支援人数
16
終了まで
52
/ 90

東京都青梅市 (とうきょうと おうめし)

寄付募集期間:2020年8月14日~2020年11月11日(90日間)

東京都青梅市(とうきょうと おうめし)

プロジェクトオーナー

『宮本武蔵』や『三国志』などの名作を執筆し、現在も多くの人々を魅了し続けている国民文学作家・吉川英治。戦時中の昭和19(1944)年3月、英治が家族とともに移り住み、昭和28(1953)年8月まで暮らした母屋が、現在でも青梅市内に保存されています。

英治の亡き後、昭和52(1977)年3月に母屋の隣に著名な建築家である谷口吉郎氏の設計による資料館が建設され、母屋や長屋門等とともに「吉川英治記念館」として開館しました。

記念館は吉川英治国民文化振興会により、平成31(2019)年3月までの42年間運営され、その間、多くの方々にご来館いただきましたが、惜しまれつつ閉館しました。

令和元年(2019)年12月、青梅市は、数多くの貴重な資料の散逸を防ぎ、後世へ伝えるため、記念館の寄附を受けることを決定し、令和2(2020)年9月7日の「英治忌」に合わせ、「青梅市吉川英治記念館」として再オープンすることといたしました。

当市としましても、吉川英治記念館を末永く運営していくためには、全国のファンの皆様からの御支援が必要です。多くの方のプロジェクトへの参加をお願いいたします。

吉川英治肖像写真:公益財団法人吉川英治国民文化振興会 提供

東京都青梅市

東京都青梅市は、東京都庁のある新宿区から西へ約50km、市域の一部が秩父多摩甲斐国立公園に含まれ、木々などの緑と市内を東西に貫流する多摩川をはじめとする水に恵まれた自然豊かな街です。

市内の総面積は103.31㎞2、その6割以上を山地や丘陵が占めており、首都圏における観光やレクリエーションの場となっております。

市内には、武蔵御嶽神社や塩船観音寺をはじめ、歴史のある神社仏閣が数多く存在し、また、国宝の赤糸威鎧(あかいとおどしのよろい)や円文螺鈿鏡鞍(えんもんらでんかがみくら)をはじめとする国指定文化財17件、東京都指定文化財48件、青梅市指定文化財135件、国登録有形文化財6件と、合わせて206件もの文化財が、各所に伝わっております。

※写真は、「青梅市吉川英治記念館」からほど近い「御岳渓谷」です。

GCFプロジェクト進捗情報一覧

現在進捗情報はありません。

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結果:-

国民文学作家 吉川英治

吉川英治とは?

筆を執る吉川英治

吉川英治は、明治25(1892)年に現在の神奈川県横浜市内に生まれ、昭和37(1962)年、70歳でこの世を去るまで、数多くの小説を残した国民文学作家です。吉川英治の小説は、大衆小説とも言われ、多くの人々を魅了し、現在まで永く読み続けられています。

代表的な作品として『宮本武蔵』や『三国志』、『新・平家物語』、『私本太平記』、『鳴門秘帖』などがあり、昭和28(1953)年には菊池寛賞、昭和35(1960)年には文化勲章を受章し、昭和37(1962)年、青梅市で2人目の名誉市民となりました。

吉川英治と青梅

吉野村お別れパーティー

吉川英治は、昭和14(1939)年ごろ、東京府西多摩郡吉野村柚木(現在の青梅市柚木町)にある旧家の屋敷を購入しました。実際に引っ越してきたのは、戦争が激しくなり、東京にも空襲が迫る昭和19(1944)年のことです。昭和28(1953)年に引っ越すまでの約10年間、この住宅に住みましたが、終戦後の約3年間、筆を折り、執筆を一切行いませんでした。

その後、昭和25(1950)年から『新・平家物語』の連載を開始し、彼の代表作のひとつとなりました。また、当時住んでいた吉野村で公民館建設の計画が持ち上がった際に、建築費用として多額の寄付を行なったり、吉野村の中学校の卒業生一人ひとりに俳句をしたためた短冊を贈呈したりするなど、地域の人々と親交を深めました。

青梅市吉川英治記念館を盛り上げたい!

吉川英治記念館

吉川英治が暮らした母屋

吉川英治の没後15年が経った昭和52(1977)年3月、財団法人吉川英治国民文化振興会(現在、公益財団法人吉川英治国民文化振興会)によって「吉川英治記念館」が開館しました。記念館として、吉川英治が「草思堂」と名付けた母屋(明治初期の建築)や、一時期、書斎として使用された洋風室の離れ(明治中期の建築)、長屋門や土蔵(弘化4年)などのほか、併設した資料館(谷口吉郎設計)があります。

平成31(2019)年3月17日をもって、記念館は一旦閉館しましたが、令和2(2020)年4月1日、吉川英治国民文化振興会からの寄附を受け、58回目の命日にあたる令和2年9月7日には、「青梅市吉川英治記念館」として再び開館する予定です。

写真:公益財団法人吉川英治国民文化振興会 提供 

寄附金の使い道

母屋や離れなどの明治期に建てられた建物や資料館を含めた敷地内の施設整備や運営に充てさせていただきます。

寄附者のみなさまへ

青梅市長 浜中 啓一

記念館に懸ける想い

写真

青梅市では、令和2年4月1日に、吉川英治国民文化振興会から寄附を受け、現在、9月7日の再オープンに向けて、準備を進めております。しかしながら、吉川英治先生が「草思堂」と名付けた母屋等をはじめ、併設した資料館や庭園など、維持管理に多額の費用が必要です。ぜひ、今後、末永く吉川英治先生を顕彰し、後世に文化や歴史を伝えるため、皆様の温かい御支援を、何とぞよろしくお願い申し上げます。

青梅市吉川英治記念館へのご来館をお待ちしております

青梅市は、吉川英治の功績を後世に末永く伝えられるよう「青梅市吉川英治記念館」の運営に取り組んでまいります。青梅市にお立ち寄りの際は、ぜひ「青梅市吉川英治記念館」にお越しください。皆様からの御支援を心よりお願い申し上げます。