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第二次大戦後、満州からの日本人引き揚げに尽力した丸山邦雄の功績と、戦争を繰り返さないという決意の証を後世に残したい

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寄附金額 29,000

1.4%

目標金額:2,000,000

達成率
1.4%
支援人数
3
終了まで
69
/ 92

長野県飯山市 (ながのけん いいやまし)

寄附募集期間:2019年7月1日~2019年9月30日(92日間)

長野県飯山市

プロジェクトオーナー

第二次大戦後、満州に取り残されていた多くの日本人引揚に尽力した丸山邦雄をご存知ですか。丸山邦雄(明治36~昭和56)は現在の飯山市富倉地区滝ノ脇出身で、アメリカ留学後、満州に家族と渡っていました。昭和20年当時、終戦後も満州に取り残された日本人は、飢えや寒さ、病気に苦しんでいました。

そんな状況を打破するため、たった2人の仲間、新甫八朗、武蔵正道と決死の思いで満州を脱出し、連合国軍総司令部のマッカーサー元帥と直接交渉するなどして170万人もの満蒙移民の日本帰国に結び付けました。

自分を省みない勇気ある行動により大勢の命を救った丸山邦雄という人物を後世に語り継ぎ、戦争を二度と繰り返さないという決意を世界へ発信するため、このプロジェクトを立ち上げました。

長野県飯山市

長野県の最も北に位置する飯山市は、唱歌「ふるさと」「朧月夜」などにも歌い継がれてきたような、郷愁の情景が今なお息づく悠久のふるさとです。豊かな自然風土のなかで独特の文化や歴史、伝統と人情が育まれ、趣深い寺の町並みや奥深く続く森や高原、四季の彩りをたたえる農作物など、土地土地にさまざまな魅力があふれています。

玄関口となる飯山駅は北陸新幹線で東京から約2時間。5月の大型連休に菜の花まつりが開催される菜の花公園、2月にかまくら祭りが開催されるかまくらの里のほか、スキー・スノーボード、カヌーやラフティング、トレッキングやサイクリングなどのアクティビティも楽しむことができる飯山へぜひお越しください。

GCFプロジェクト進捗情報一覧

現在進捗情報はありません。

 

170万人の在満同胞を救え

歴史に埋もれかけた功績を通じ伝える平和の大切さ

ブロンズ像建立予定公園

昭和20年の終戦後、旧満州からの在満邦人引揚に尽力した丸山邦雄らの功績は、地元であってもあまり知られていないのが実情でした。

この“歴史に埋もれていた”偉人の功績を後世に伝え、更に平和の尊さを再認識してもらうため、平成30年9月に有識者による顕彰検討委員会を立ち上げ検討した結果、市内外の人々が多く行き交う北陸新幹線飯山駅前の公園にブロンズ像を建立することに至りました。

高齢化とともに戦争体験者の記憶を風化させないためにも、この丸山邦雄の功績を形として世に残すことで「平和の大切さ」と「悲惨な戦争を二度と繰り返さない」というメッセージを飯山から全国・世界に向けて発信していきたいというこのプロジェクトに対し、皆さまのご理解、ご協力をお願いします。

 

丸山 邦雄(まるやま くにお)

飯山市 富倉地区 滝ノ脇出身

NHKラジオ放送で満州に残された仲間の苦境を訴える丸山邦雄さん

明治36年6月28日生まれ。昭和56年10月17日(79歳)没。

現在の飯山市富倉地区滝ノ脇で生まれ、昭和5年、明治大学法科卒業、渡米留学し、ワシントン・コロンビアなど4大学で政治経済を専攻し修士号を取得。昭和10年、日系米人のメアリー武田さんと結婚。昭和12年離米し、欧州諸国を歴訪した後、昭和13年に帰国。

昭和14年昭和製鋼所東京支社に勤務、その後満州の本社勤務を希望し家族と満州へ渡る。昭和20年終戦後、新甫八朗(しんぽ はちろう・北海道出身)、武蔵正道(むさし まさみち・神奈川県出身)らと満州を脱出。満州に取り残された日本人の引き上げのためマッカーサー元帥と直接交渉するなど奔走し、170万人もの日本人の命を救う。

満州国は、昭和7年から昭和20年まで中国北東地方と内モンゴルを領域として存立した国家。日本の総力戦準備の資源供給地、対ソ連の戦略基地。日本から移民として渡満した約32万人のうち長野県は37,859人で全国1位。

寄附金の使い道

ご協力いただいた寄附金は、すべて丸山邦雄ブロンズ像建立費(予算14,100千円)に充てさせていただきます。

 

満州引揚者の家族の皆さまと共につくる

子どもたちの未来のために

丸山邦雄さんの家族写真

長野県下伊那郡の満蒙開拓平和記念館のご協力を得て、全国各地においでの満州引き揚げ者のご家族の皆さまに、この丸山邦雄顕彰事業の意義について知っていただくいくことが重要と考えています。皆さまのご理解、ご協力を得ることにより、この事業の価値をさらに高めることができるからです。

また、ブロンズ像建立だけではなく、飯山市ではこの誇るべき郷土の偉人の功績を未来を担う若い世代にも知ってもうため、地元の小学校・中学校・高校において授業の中で副教材として採用しようという検討も進めています。

丸山邦雄の功績について地元の各学校で副教材として採用することにより、子どもたちの中に「悲惨な戦争を繰り返してはいけない」「人権が尊重される平和な世界でなければならない」という思いを育むことができるからです。それが人への思いやりや地域のためにという意識につながっていくものと思います。

さらに、丸山邦雄の功績を知った満州引き揚げ者のご家族の皆さまをはじめ多くの方が、この飯山という地に関心を寄せていただくことで、交流人口増加による地域活性化にもつながるものと期待を膨らませています。

本年4月1日現在の飯山市の人口は19,939人、高齢化率は37.9%で人口対策、高齢化対策が大きな課題となっているためです。

■事業実施のスケジュール

令和2年、ブロンズ像完成予定

令和元年
・7月:丸山邦雄らの功績を再現したNHKドラマ「どこにもない国」を制作した中村プロデューサーによる平和講演会開催
・11月:猪瀬清四朗先生作 丸山邦雄等身大原型(石膏像)完成

令和2年
・3月:丸山邦雄像本体・銘板仕上げ
・雪解けを待って:新幹線飯山駅前公園に丸山邦雄像設置完了 
・春頃:除幕式

令和2年、ブロンズ像完成予定

 

歴史に埋もれた郷土の偉人丸山邦雄氏の功績

飯山市教育長 長瀬 哲

写真
丸山邦雄氏の行動が成功したのは、丸山邦雄氏の正義感、人のために生きるという私心のなさ、人類を救うというカトリック教会の理解と後援、そしてアメリカ留学による経験から親米派であったこと、マッカーサーと直接交渉ができる語学力と見識を持っていたことです。

敗戦処理の最大の難事業である引き上げで多くの日本人を救ったことは、戦争の悲惨さと平和の尊さを、丸山邦雄氏が現在の私達に教えてくれます。

 

お礼の品をご紹介

丸山邦雄生誕の地を感じる品々