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世界的冒険家「植村直己」ゆかりの地に植村冒険館をリニューアルオープンして、冒険史に残した足跡を後世に伝え続けたい

カテゴリー:伝統・文化・歴史 

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寄付金額 630,000

63%

目標金額:1,000,000

達成率
63%
支援人数
32
終了まで
受付終了

東京都板橋区(とうきょうと いたばしく)

寄付募集期間:2019年6月20日~2019年9月17日(90日間)

東京都板橋区

プロジェクトオーナー

世界的な冒険家である植村直己は、板橋区の仲宿という町を拠点として世界に旅立ち、世界初の五大陸登頂者となるなど、数々の偉業を成しとげました。板橋区にある植村冒険館は、植村直己の「冒険精神=ウエムラ・スピリット」を永く後世に伝える活動を、25年以上も行ってきました。植村直己の生誕80周年である2021年、冒険に向かう植村直己の居所だった場所から徒歩5分とかからないゆかりの地に植村冒険館をリニューアルオープンします。

世界的な冒険家である植村直己は、板橋区の仲宿という町を拠点として世界に旅立ち、世界初の五大陸登頂者となるなど、数々の偉業を成しとげました。板橋区にある植村冒険館は、植村直己の「冒険精神=ウエムラ・スピリット」を永く後世に伝える活動を、25年以上も行ってきました。植村直己の生誕80周年である2021年、冒険に向かう植村直己の居所だった場所から徒歩5分とかからないゆかりの地に植村冒険館をリニューアルオープンします。

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「植村直己」の偉業を後世に伝えたい

「冒険精神=植村スピリット」を永く後世に伝える

板橋区を拠点として世界に旅立った植村直己の偉業を伝えるため、区内に植村冒険館を開設し、25年以上に渡り展示などの事業を展開してきました。

しかし現在、板橋区蓮根にある既存の植村冒険館における展示コーナーの面積は、手狭であり、常設展示室がありません。

リニューアル後は、永く後世に「ウエムラ・スピリット」を伝えるために、常設の展示室を整備したいと考えています。

そうした中、植村直己の生活の拠点だった板橋区仲宿にほど近く、普段から多くの子ども達で賑わう区立東板橋体育館の改修に合わせ、植村冒険館と複合化し、リニューアルオープンすることによって、より多くの子ども達に植村直己の名を知ってもらいたいと考えています。

 

「植村直己」って、どんな人?

板橋区を拠点として世界に出発していった冒険家

植村直己(うえむらなおみ)は、板橋区に住んでいた世界的な冒険家です。

世界の五つの大陸の一番高い山(五大陸最高峰と言います)に登ったり、世界で初めてたった一人で北極点に行くなど、それまで誰もやったことのない冒険をしました。

今から35年前の1984年2月にマッキンリー(現:デナリ)という山に登ったあと、行方不明になり、今もこの山で眠っています。

1970年(昭和45年)5月、植村直己は日本人として初めて世界最高峰エベレストの頂上に立ちました。板橋区で暮らし始めたのは、この遠征に出発する前の1969年(昭和44年)の夏のことです。

仲宿商店街から一本奥に入った三畳一間のアパートが最初の住まいでした。家具はトランクと寝袋だけ。冒険から帰ったらまた次の冒険の準備を始め出かけて行きました。エベレスト登頂をはじめ、北極圏1万2千キロの走破、北極点単独到達など歴史に残る冒険はここ板橋から出発していったのです。

厳しい自然のなかでたったひとり、人間の可能性に挑戦し続けた植村直己。決してあきらめず困難に立ち向かう姿勢と人間味あふれる温かい人柄は、今もたくさんの人に愛されています。

植村直己の冒険年表

・1941年(昭和16年):兵庫県豊岡市で生まれる/7人兄弟の末っ子
・1960年(昭和35年):明治大学農学部に入学し、山岳部に入部
・1964年(昭和39年):大学卒業とともに片道切符を持って外国に出かける
・1968年(昭和43年):エル・プラタ、アコン・カグア単独登頂/アマゾン川6000キロをイカダで下る/日本に帰国
・1970年(昭和45年):日本人として初めてエベレストに登頂する。/マッキンリーに単独登頂して、世界で初めて五大陸最高峰登頂を達成。
・1972年(昭和47年):グリーンランド最北の村で1年暮らし、犬ぞりを習う
・1974年(昭和49年):野崎公子と結婚
・1974年~1976年:北極圏1万2千キロの犬ぞりの冒険に出発
・1978年(昭和53年):世界で初めて北極点にひとりで到着する。/グリーンランドを北の端から南の端まで3000キロ犬ぞりで走る。
・1984年(昭和59年):世界で初めて真冬のマッキンリーにひとりで登頂する/下山中に行方不明になる/国民栄誉賞を受賞

 

植村冒険館のリニューアル

リニューアル後は、多様な展示手法を導入するほか、展示室外でも展示を行い、植村冒険館の認知度向上を図ります。

植村直己の冒険や精神を次世代・多世代へと継承するとともに、現代を生きる人々=来館者が共感を抱き、自分自身のチャレンジスピリットを育む施設となります。

子どもから高齢者まで、楽しめる、また来たいと思わせる館を実現し、植村直己の認知度を向上させる展示内容を目指しています。

※植村直己の時代の装備を展示し、最先端装備との比較や関連トピックスを紹介していきます。装備の進化とともに、植村直己の冒険の過酷さを表現したいと考えています。

2021年植村冒険館リニューアルオープン

2019年 基本計画に基づく具体的内容を検討
2020年 冒険館展示設計・施工
2021年 植村冒険館リニューアルオープン

いただいた寄附は、新しい植村冒険館を構築するための整備工事や移転にかかる費用の一部に充てられます。
このプロジェクトは3年計画となっています。今年は初年度にあたるため、目標金額以上に集まった場合には次年度以降に充当します。

2021年植村冒険館リニューアルオープン

 

事業に携わる方の思い

板橋区長 坂本 健

■ウエムラスピリットを後世に伝えるために

写真

板橋区を拠点として世界中に旅立ち、世界的な冒険家である植村直己氏は、北米最高峰マッキンリーで消息を絶ってから35年が経過した現在においても、世界中の冒険家に愛される偉大なるレジェンドです。

板橋区では、敢えて厳しい自然の中に身を置き、人間の可能性に挑戦し続けた植村直己氏の冒険精神「ウエムラ・スピリット」を永く後世に伝えるために平成4年に植村記念財団を設立して以来、27年間にわたり活動を続けてきました。

今回、植村冒険館を植村氏のゆかりの地に近い区立東板橋体育館に移設し、植村氏の生誕80周年にあたる2021年にリニューアルオープンすることとなりました。

リニューアルオープン後には、植村直己氏の偉業を肌で感じることができる常設の展示室を設けるほか、あらゆる世代の皆さんが自然に親しみながらチャレンジ精神を育むための取り組みをさらに発展させていきたいと考えています。

皆さまのご支援とご協力を心よりお願い申し上げます。

植村冒険館スタッフ一同

■植村冒険館を応援してください

せっかく来ていただいたお客様に限られた展示しかご提供できず、心苦しい思いをしておりました。体育館に移転することが決まり、面積も広くなる計画なので、今からリニューアルオープンが楽しみです。移転後は、今までできなかった企画にチャレンジしたいと考えています。応援よろしくお願いいたします。

 

 

  • 2020年03月18日 18:00

    寄附募集の報告と寄附の御礼

    プロジェクト期間終了以降も、この事業に賛同していただいた方々より3件 440,000円寄附が集まり、全体で1,070,000円になりました。(令和元年12月末現在)
    皆様からのご支援、誠にありがとうございました。
    板橋区は、今後も2021年の植村冒険館リニューアルオープンに向けて活動を続けてまいります。今後ともご協力をお願い申し上げます。

    もっと見る

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東京都板橋区

板橋区には、中山道の宿場町として栄えた板橋宿があり、川越街道も含め、旅人をもてなす街道文化が醸成され、近郊型農村として発展してきました。これらの板橋ならではの歴史や伝統、まちなみ、ものづくりの技術、商店街の活気、区民の温かな人柄が、もてなしの精神となって今を支えています。
そんな板橋区は、懐かしさと新しさに出会えるまちです。