豪商「旧甲斐家蔵住宅」をよみがえらせ、蔵とラーメンのまち喜多方のシンボルに!

カテゴリー:観光・PR 

main_img 達成

寄付金額 1,006,000

100.6%

目標金額:1,000,000

達成率
100.6%
支援人数
60
終了まで
25
/ 92

福島県喜多方市 (ふくしまけん きたかたし)

寄付募集期間:2022年10月1日~2022年12月31日(92日間)

福島県喜多方市

プロジェクトオーナー

蔵のまち喜多方では、かつて「40代で蔵を建てられないのは、男の恥」とまで言われ、男たちにとって自分の蔵を建てることは情熱をかけた誇りの対象でもありました。
旧甲斐家蔵住宅は、四代目甲斐吉五郎が男子一生の夢を豪壮な蔵座敷と主屋の建築にかけ、1917年(大正6年)から7年の歳月をかけ1923年(大正12年)に完成したと伝わる贅の限りを尽くした蔵住宅です。
2023年(令和5年)には築100年を迎え、当時の旦那衆文化が今も息づく旧甲斐家蔵住宅を観光・情報発信の拠点として整備し、地域の方に親しまれ、多くの観光客の方に喜多方の歴史・文化に触れていただけるよう今回クラウドファンディングに挑戦します。

福島県喜多方市

喜多方市は、飯豊連峰をはじめとする雄大な自然環境や四季を彩る様々な花資源に恵まれ、また、神社仏閣や蔵のまち並みなどの人々のくらしと歴史を感じさせる建造物も多く残されています。さらにラーメンやそばをはじめ、日本酒、味噌、醤油などの醸造品や豊かな農産物に由来する地域ならではの食文化が根付いており、これらの自然、歴史、文化、食などの豊富な観光資源を生かした取組により、年間180万人を超える観光客が訪れる観光都市です。

GCFプロジェクト進捗情報一覧

現在進捗情報はありません。

贅を尽くした豪壮な蔵座敷をよみがえらせたい!

大正から令和をつなぐ 蔵のまち喜多方の証(あかし)

昔から肥沃な土地と豊かな水に育まれる米どころとして有名であった喜多方市は、酒・味噌・醤油の醸造に適し、いまも4,000棟余りの蔵が息づく「蔵のまち喜多方」として全国的に有名になり、多くの旅人が訪れるまちになりました。

幕末に移り住み、酒造業や製糸業などを営んできた甲斐家は、代々吉五郎の名を襲名し、文明開化の機運から開港した横浜と盛んに取引するなど財を築きます。中でも、四代目吉五郎は、まちの発展にも関心が深く、喜多方中学(現在の喜多方高等学校)や郵便局の誘致に進んで私財を投じた豪商であるとともに、生来普請を好み、男子一生の夢を豪壮な蔵座敷と主屋の建築にかけ、1917年(大正6年)から7年の歳月をかけ、現在の金額で5億円ともいわれる蔵座敷を完成させます。

しかし、時代の流れは大きく変化し、醸造業を廃業し、蔵のまち喜多方の観光名所として1978年(昭和53年)から屋敷内の一般公開をはじめ、座敷蔵での茶会などが催されてきました。2001年(平成13年)には、店蔵・座敷蔵・醤油蔵が国登録有形文化財に登録されますが、2011年(平成23年)の東日本大震災を契機に来館者数が減少し、一般公開を取りやめることになります。

蔵のまち喜多方として多くの観光客が訪れる本市にとって、甲斐家の存在は非常に大きいため、何とか喜多方の歴史、蔵、旦那衆文化を継承していくため、2016年(平成28年)には市が取得し、その文化財的価値を保存しながら後世に受け継ぎ、喜多方の迎賓館として、観光客をもてなす拠点、また市民のハレの場として保存・活用していきたいと思います。

喜多方に息づく「蔵文化」「旦那衆文化」を後世に!

観光の拠点として、地域から親しまれる場所として!

昭和後期に催されたお茶会。 山庭を望む開放的な座敷蔵でお茶をたてる。
地元高校生によるお茶会。 地域に愛された蔵住宅であることが分かる。

旧甲斐家蔵住宅は、2017年(平成29年)4月から、喜多方観光物産協会による管理が行われ、店蔵での観光案内業務に加え、山庭側から主屋、座敷蔵を眺める公開に限定しています。
これは、旧甲斐家蔵住宅が2023年(令和5年)に築100年を迎え、度重なる災害や経年劣化による破損、外壁の漆喰の剥離・剥落が見受けられるためです。また、耐震診断の結果構造的に十分な強度を有しておらず、多くの方に見ていただくためには、構造補強に加え壁、屋根などの保存修理工事、活用のための利便性を考慮した整備・防災設備の整備が必要です。

今回のご支援は、この旧甲斐家蔵住宅の構造補強、保存修理等に要する費用の一部に充てさせていただきます。

活用整備に当たっては、福島県で第1号となる建築基準法の適用除外を行い、本工事が今後の市内の歴史的建造物の保存修理工事の指標となり、市内の伝統文化を活用した取組を活性化させるフラッグシップになることを目指します。また、地域伝統建造物として当初の伝統的工法に従い、大工職人・左官職人の技の育成・継承を図りながら、「魅せる構造補強」「伝統的な左官技術」などを取り入れていきたいと考えています。

【活用方針】

・店蔵:見学、観光案内、受付、地場産品の販売、西洋室での喫茶営業
・座敷蔵:見学、茶会や文化的催事、撮影会等への貸出、
・醤油蔵:非公開、特別展示(写真展、絵画展等)
・主屋:見学、各種会議等(地域の集会、テレワーク等)への貸出、
・味噌蔵・麹蔵:管理事務所

寄付金の使い道

旧甲斐家蔵住宅の活用整備に係る構造補強、保存修理等に要する費用の一部に充てさせていただきます。

【活用整備の概要】
・大正期の姿に復旧整備する保存修理工事に活用します。
・伝統的な左官技術を漆喰壁等の補修に活用します。
・伝統的な大工技術の継承・育成を構造補強に取り入れた「魅せる構造補強」に活用します。

【目標金額に達しなかった場合の寄付金の取扱い】
目標金額に達しなかった場合、喜多方市ふるさとづくり基金に積み立てし、本プロジェクトへ活用させていただきます。また、目標金額以上の寄附を頂いた場合も、本プロジェクトに要する費用の一部として活用させていただきます。

”見る蔵のまち”から”蔵と生きるまち”へ

いま、改めて「蔵」の良さを世界へ

座敷蔵での集合写真。 蔵住まいの家族の仲睦まじい姿が心温まります。
大正ロマン漂う店蔵の西洋室。 改修後は喫茶営業を行う予定です。

喜多方市には今も4,000棟余りの蔵が、表通りはもちろんのこと、路地裏や郊外の集落にまであるまさに「蔵のまち」です。
これはいまでも酒蔵や味噌蔵として使われていることからも分かるように、喜多方市が豊かな水と土地に育まれた米どころであり、醸造業を営む場として蔵が最適な建物であったことにあります。また、それら蔵が現在も人が住み、生活の一部としての役割を果たしているからです。

喜多方市には、旧甲斐家蔵住宅をはじめ、貴重な文化財として登録されている蔵や2018年(平成30年)に重要伝統的建造物群保存地区に選定された小田付地区の蔵のまちなみ、市内の名家から移築した蔵を集めて展示する喜多方蔵の里など多くの魅力的な蔵がありますが、時代背景や観光客の旅行ニーズが多様化する中、これら蔵に改めてスポットを当て、周辺景観の整備を図りながら、これまでのような「見る蔵」から「蔵を生かし、人々のくらしを感じることのできる蔵のまち」へ地域一体となって取り組んでいきます。

今回のクラウドファンディングを通じて、単なる観光施設の維持・改修ではなく、蔵のまちの歴史、商人ならではの旦那衆文化、そして、そこに今も住まう喜多方の人々の思いを共感していただければと思います。

昭和レトロ感がどこか懐かしい蔵のまち喜多方は、これからも訪れる多くの方に”癒し”を提供し、訪れるたびに新たな発見のある「あなたから選ばれるまち」を目指します。

寄付者の皆さまへ

喜多方市 市長 遠藤 忠一

写真

蔵のまち喜多方の浪漫を大正から新しい時代令和へつなぐ

今も約4,000棟の蔵が息づく「蔵のまち喜多方」では、「40代で蔵を建てられないのは、男の恥」とまで言われ、男たちにとって自分の蔵を建てることは情熱をかけた誇りの対象でもありました。

その「蔵のまち喜多方」を代表する蔵住宅が「旧甲斐家蔵住宅」です。

旧甲斐家蔵住宅は、黒漆喰の外観、内部に西洋室や螺旋階段などの洋風意匠を取り入れた店蔵、県指定名勝の庭を眺めることができる51畳の大広間を誇る座敷蔵など、なんとも風情のある建物となっています。また、それらを繋ぐ主屋など、そのすべてが当時、贅の限りを尽くして建てられた、正に蔵のまち喜多方のシンボルです。

しかしながら、令和5年(2023年)には築100年を迎え、長年にわたる経年劣化や度重なる災害による破損は著しく、市が平成28年(2016年)に取得して以降、今に至るまで、一部分のみの公開に留まり、当時の大工や左官技術の結晶をお見せすることができずにおります。

このため、全国のみなさまのお力をお借りしながら、喜多方の浪漫を大正から令和につなぐ、旧甲斐家蔵住宅の保存・修理を行い、地域の方々に愛され、訪れる多くの観光客の方を迎え、見て・触れて・感じていただける、本市観光の拠点・情報発信の拠点として、令和8年(2026年)の全面公開を目指しております。

このガバメントクラウドファンディングを通じ、大工技術を伝承する木造による構造補強方法に加え、工事期間中には当時の技術を垣間見る特別公開やオープン後には西洋室での喫茶なども予定しておりますので、全国のみなさまの心よりの応援をお待ちしております。

蔵の会 会長 矢部 善兵衛 さん

未来へ繋ぐ郷土の至高蔵

大正期築造の甲斐家住宅は、烏城(うじょう)と呼ばれる総黒漆喰塗りで仕上げられた座敷蔵を始め、土蔵建築と木工技術の粋を尽くした内外の造りとその外観は、会津地方でも稀有の威容を誇ります。
そして、「蔵」を地域景観の顔とする喜多方市及び会津北部のまちの象徴として、蔵のまち喜多方市の文化観光戦略の牽引役を果たしてきました。
また、喜多方市の登録有形文化財第一号として、平成13年に文化庁登録がされております。
しかし、平成23年3月に起こった東日本大震災と、その後に勃発した東京電力福島第一原子力発電所の事故は、そのような状況を一挙に圧し潰しました。大震災の発生以降、甲斐家へのダメージは大きく、蔵の会には、当主の深刻なる相談が幾度となく寄せられました。

蔵の会では、率先して、今後の保存再生の方法を提案し、市当局への積極的な要望活動を展開しました。
その結果、市民各層、市議会の積極的な後押しを受けて、現在に至ることが出来ました。

市では、これら蔵群の活用について、本市観光の拠点・情報発信の拠点としての整備を図ることにしています。蔵の会では、「晴れの舞台」を主テーマとして、その整備と活用を提案しております。
この提案は、NHK番組の新日本紀行「蔵ずまいの町・福島県喜多方市」を昭和50年に制作された当会顧問の須磨章氏を座長として、蔵の会が平成25年3月に取りまとめたものです。

今回の整備工事が、文化的価値の極めて高い建築遺産である「甲斐家建築物群」を未来へ繋ぐ第一歩となりますよう、1日でも早い完成を期待して止みません。市民各位のなお一層のご理解とご支援を切望いたしております。

一般社団法人喜多方観光物産協会 会長 樟山 敬一 さん

蔵のまち喜多方のシンボル復活に期待

市内に4000棟もの蔵がある喜多方市。蔵の用途は様々ですが、喜多方には座敷蔵も多く、自然な姿で人々の生活の中に溶け込んでおり、「蔵ずまいのまち」とも称されています。

喜多方の蔵の代表格は「旧甲斐家蔵住宅」です。この蔵住宅は、ちょうど今から100年前に、豪商として財をなした当時のご当主の「男の夢」の実現に向けて、贅の限りを尽くして建てられました。
周囲を高い塀で囲われ、黒漆喰に彩られて堂々とした店蔵、また、庭から見学できる重厚な黒漆喰の蔵座敷は、その豪華さで見る者を圧倒し、「烏(う)城(じょう)」とも呼ばれています。

蔵のまち喜多方のシンボル的存在である「旧甲斐家蔵住宅」を喜多方市が取得し、そのリニューアル公開とともに観光の情報発信拠点として整備し、蔵の街並み観光の発着点にしていこうという取り組みは、当協会に加入する観光関係者だけでなく、多くの市民が期待を寄せているところです。
この歴史的事業を、行政の力だけで取り組むのではなく、市民全体、さらには全国・全世界の歴史的建築物の保存活用に理解ある人々に訴えかけ、賛同を得ようとするプロジェクトはおおいに意義のあるものと考えています。

のまち喜多方の発展を目指し、文化資源を活用した観光交流人口の増加による地域活性化を展望したガバメントクラウドファンディングの成功にむけて、ぜひとも多くの方々のご賛同とご協力をお願いいたします。

しっかり、着実に、スピード感をもって

2026年(令和8年) 夏 公開

お茶会や酒宴など、かつて数々の賓客を招いてきた座敷蔵を蘇らせます。
多くの方が目を奪われる山庭へ

旧甲斐家蔵住宅は、歴史的建造物の建築基準法適用除外として福島県第1号を目指しています。
多くの建築関係の専門家の意見を聴き、地域の方々の意見を聴き、地域の皆様に愛され・親しまれる施設として、蔵の威厳と文化財的価値を残しながら整備し、2026年(令和8年)夏頃のリニューアルオープンを目指します。

喜多方市からのメッセージ

令和5年度から本格工事により見学できなくなる予定です。見るなら今!?

旧甲斐家蔵住宅は、大正から約100年にわたり、新しい令和の時代になっても訪れる多くの方を、喜多方のまちなみを、そして行き交う地域の人々を、その荘厳で、物静かな姿で見守ってきてくれています。

みなさまの温かいご支援により、これから先の100年も蔵のまちの人々のくらしを見守って行くことができると思います。

蔵のまちの旦那衆の心意気・誇り・浪漫が詰まった旧甲斐家蔵住宅はいつでもみなさまのお越しをお待ちしております。
※2000円未満の寄附についてはお断りをさせていただきます。

GCF限定 旧甲斐家蔵住宅の古写真が令和によみがえる

寄付頂いた方へ 厳選された古写真をランダムにお届けします

当時の店蔵。厳選された古写真を現代の技術でカラーイメージ化します。

甲斐家で大事に保存されていた古写真から厳選した大正期の姿を現代の技術を使ってイメージカラー化。
当時の思いが伝わる姿を台紙付きでお届けします。
写真は複数種類準備させていただいており、ここでしか入手できない限定品をランダムでお届けします。コレクションにも最適です!