3代目の目利きとホスピタリティが光る、「やなぎ水産」の鮮魚セット

脂がたっぷり乗った魚の宝庫

浜田漁港の朝は早い。日が昇る前から近くの浜田沖や島根から山口にかけての沖合で漁を行っていた船が港へ戻り、のどぐろやカレイ、タイ、アジ、イサキ、サワラ、カワハギ、カンパチといった魚を水揚げしていく。暖かい対馬暖流と島根冷水域といわれる寒流がぶつかり合う島根県西部沖では、魚の餌となる良質なプランクトンが大量に発生。そのため脂が乗った美味しい魚の宝庫といわれ、季節を問わず多種多様な魚が獲れる。

浜田漁港は漁法によって水揚げされる場所が変わり、一日に何度も競りが行われる。港のすぐそばで仲買業を営むやなぎ水産の3代目、柳雄一郎さんも競りが行われる度に参加する。その方式は「懐競り(ふところぜり)」と呼ばれ、仲買人は競り子と呼ばれる売り主だけに分かるように、上着で手を隠しながら競り値を指示。最も高値を示した仲買人が競り落とすという、「一発競り」になっている。

この日も柳さんの目利きが発揮された。例えばのどぐろの場合、近くの浜田沖で獲れたものでも十分美味しいのだが、4～5日かけて島根や山口の沖合で獲ってきたものの方がより美味しく、色や鱗の状態で判断する。「どちらも底引き網で獲られたものだが、深いところで獲れたものの方が皮下脂肪をたくさん蓄えている」と、柳さんが説明してくれた。そんなのどぐろは8月から5月にかけての時期が最も美味しい浜田を代表する高級魚。塩焼きにしても煮付けにしても美味しく、ほろりとくずれた白身の上品な味わいが口の中で脂の甘さと共に広がっていく。

日々研ぎ澄まされていく目利き

柳さんは水揚げされた魚を見て次々に競りに参加していく。アジなら色や艶がよく、どれだけ太っているかが基準になるのだが、毎日魚をおろしているので、常にその時々の魚の質を確認している。船上で魚がどのように締められ、どのように扱われていたのかも重要なポイントになり、船ごとに異なる“クセ”のようなものも見極めているのだという。そして、卸先である一般消費者や飲食店のフィードバックにも真摯に耳を傾ける。こうして得られたさまざまなデータが柳さんの頭の中に蓄積され、目利きとしてアウトプットされていくのである。

仕事場に戻った柳さんは、仕入れた魚を選別したりさばいたり、さまざまな作業をこなしていく。やなぎ水産の卸先は実に幅広く、全国のスーパーをはじめ、東京や大阪の飲食店やレストランが名を連ね、自社でも週末の土曜日に一般消費者を対象とした市場を開催。そのため大衆魚から高級魚までさまざまな種類の魚を扱うことになり、こうした経験が目利きの精度にさらに磨きをかけていく。

タイミングよく、ふるさと納税の寄付者に毎月送られてくる複数の鮮魚セットの選別に立ち会うことができた。事前に電話やメールでヒアリングした要望に応じて魚を選別。魚種の指定はもちろん、鱗や内臓を取る下処理、さらに3枚におろすといった要望にも応え、おろした魚を真空パックにして詰めていく。要望以外は、その日のおすすめの魚が選ばれるわけだが、この日は一本釣りの活魚で仕入れたヒラメが振舞われることになり、柳さんの手で神経締めされた新鮮なヒラメが4等分され、発泡スチロールの箱に収められていった。

魚の美味しさを伝えたい実直な思い

それにしても柳さんの鮮魚セットに対するサービスのきめ細やかさには目を見張るばかりである。少量ずつ多様な魚を食べたい人や、焼き魚に向いた魚だけを選んでほしいという人の要望に応えるのはいたって普通。ノドグロの炙りが食べたいという人には3枚におろして炙ったノドグロを真空パックにするが、それだけだと箱を開けたときに寂しいので、下処理したノドグロを足してみる。同様に、おろしてみて身が小さいと感じたときにはお吸い物用としてアラを付けるなど、そこには喜んでもらいたいという気持ちがいっぱいに詰め込まれている。

やなぎ水産がふるさと納税に関わるようになったのは、ある同業者からのすすめだった。当初は普通の鮮魚セットだったが、「いくら新鮮な魚でも丸々一匹が届いたら困るのではないか」と思った柳さんは、届ける日程を確認する電話で他に要望はないかを聞いてみた。その結果、さまざまな意見が寄せられることになり、今ではあらゆるリクエストに応えてくれる魚屋として知られるようになった。
返礼品の鮮魚セットには毎月届けてくれる12ヶ月コースもあり、前回や前々回の内容とあまり被らないように配慮してくれる点も嬉しい。浜田漁港といえば、漁獲時期やサイズ、脂質などの基準を満たした魚に指定される「どんちっちアジ」、「どんちっちノドグロ」、「どんちっちカレイ」が有名だが、時期さえ合えばこれらのブランド魚も要望として受け入れてくれる。

扱う魚が美味しいのは当たり前

この日、柳さんの仕事ぶりを見ていて、何度も遭遇したシーンがあった。スマートフォンにひっきりなしに着信が届くたびに電話に出て丁寧に対応していく。電話の相手は競り子で、競りで値段が付かなかった魚を買ってほしいという依頼である。なぜ柳さんのところに多くの電話がかかって来るのかというと、幅広い卸先を持っているやなぎ水産なら、表面が傷ついた魚でも水産加工業者や弁当屋へ卸すことが可能だからである。しかも、言い値で買い取ることができるのにもかかわらず、良心的な値段で買い取ってしまう。 仕事先で仲良くなった幼稚園の理事長から、園児たちに魚のことを教えてやってほしいと請われれば食育教室を行い、広島のスーパーから産地市をやってほしいといわれ自ら売り場に立つこともある。そんなフットワークの軽さもやなぎ水産の大きな武器になっている。だから、卸先の飲食店は自ら営業して開拓したわけではなく、ほとんどが顧客や知人から紹介されたところばかりだという。

優れた目利きだけではなく、柳さんの人望の厚さが結果的に美味しい魚を引き寄せる。「美味しい魚を扱うのは当たり前で嘘は言わない」と断言する柳さんが選んだ魚なら、確かに間違いないと思える。その美味しさを体験したいなら、まずは比較的手軽に申し込める鮮魚セットでもいい。柳さんの目利きと、ホスピタリティを味わうことができるはずだ。