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2019/06/22 (土) 14:24

映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』のロケ地 大分県「豊後高田昭和の町」の"奇蹟"

 大分県豊後高田昭和の町をメインロケ地に、山田涼介さん(Hey! Say! JUMP)が主演の映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』。
 令和元年6月28日に日本テレビ系「金曜ロードSHOW!」(よる9時~)で放送されます。
 豊後高田昭和の町は、市の中心部にある8つの商店街。昭和の町の取り組みを始める以前は、さびれきった町でした。それが今、年間40万人もの観光客が訪れる"奇蹟"が起きた商店街に生まれ変わりました。
 豊後高田昭和の町にはどこか懐かしい、今と比べ不便だったけど、なぜか元気だったあの「昭和」が、今なお息づいています。そんな"奇蹟!"を起こした「豊後高田昭和の町」を詳しくご紹介します。

『陸の孤島』-小さなまち 大分県豊後高田市

 大分県・国東半島(くにさきはんとう)の西側に位置する豊後高田市(ぶんごたかだし)の総人口は、1947年の約5万人をピークに減っていき、現在(2019年5月末)は2万2,000人の小さなまち。空港もない、高速道路のインターチェンジもない、JRもない陸の孤島です。

時代に取り残された商店街~人通りよりも犬や猫の方が多い~

■時代に取り残された商店街
 かつて運行されていた私鉄の終点として、さらには半島一円のバス路線の起点、鉄道とバスの交通結節点として、中心市街地は、必然的に人々が集うにぎやかな場所でした。
 小さな町に8つもの商店街が存在し、昭和30年代には中心市街地のにぎわいはピークを迎えていました。

 しかし、昭和40年代の鉄道の廃線やモータリゼーション進展による人の流れの変化、そして平成の時代に入って郊外型大型店という新業態の進出などにより、中心市街地は急速に衰退。

 ついには「人通りよりも犬や猫の方が多い」とまで表現されるようになり、中心市街地にある8つの商店街は"昭和"の姿のまま時代に取り残されていったのです。

誰も振り向かなかった未来構想-みんなで町の個性を発掘へ

 平成4年、大手広告代理店に依頼して、中心市街地の未来構想を作成。内容は立派なものでしたが、町の個性が反映されておらず、商人や市民はだれも振り向きませんでした。そこで、地元のみんなで中心市街地や既存商店街の歴史を徹底的に調査・研究し、町の個性を発掘する作業がはじまりました。
 まずは、平成5年から平成9年にかけての5年間、歴史に埋もれ忘れ去られた町の個性をあぶりだし、浮かびあがらせていきました。その過程で、町並みを活用して観光地化ができないかと検討されましたが、近世城下町の町並み、近代化遺産の町並みでは他の町にはかなわない・・・。その時に目に入ったのが、今まさに目の前にある商店街そのものでした。

さびれきった商店街そのものがまちの個性-ヒントは『昭和』

 さびれきった商店街。でも、みんなの思い出が残る商店街。夜市のときには友達とわいわい遊んだ商店街。わたしたちの目の前にある商店街そのものがまちの個性であり、昭和の姿のままで時代に取り残された商店街で『昭和の懐かしさ』をテーマとした町おこしができるのではないかとの結論に至ったのです。
 そして、平成10・11年の2年間をかけて、全国のありとあらゆる「昭和」再生事例をリサーチし、様々な町を視察。そしてようやく"昭和の町"こそ、この町にしかない町づくりの旗印、と自信を持ったのです。

平成13年-昭和の町プロジェクト始動!

 商店街が最も華やかで元気だった最後の時代、あの昭和30年代の活気を蘇らせようと平成13年(2001年)に、「昭和の町」の取組みがスタートしました。

商店街で取り組んだ「昭和の4つの再生」

 昭和の町づくりは『昭和の4つの再生』をキーワードにお店の『再生』を進めています。

①昭和の建築再生
 もともと古い建物で商いを続けてきた店のパラペット(外壁リフォーム)さえ外したら、簡単に昭和のたたずまいがよみがえる。ないものを求めず、あるものを活かしていく“建築再生”です。
※写真は昭和の町のお肉屋さん 肉のかなおかの改修後の写真です

②昭和の歴史再生
 その店の歴史を物語る昭和のお宝をお客様にご覧いただこう。かつて使っていた商いの道具、“一店一宝”を店頭に展示しています。※写真は、昭和33年に作られた手回しの肉きり機。商いの歴史を無言で物語る。

③昭和の商品再生
 その店ならではの逸品をお客様に。昔から受け継いだ自慢の売り物、“一店一品”を店頭で販売しています。
※写真は、肉のかなおか-店員さんのまかないとして出されていたおからの味を受け継いだおからコロッケ。昭和を物語る一品
※ふるさと納税で取り扱ってます。詳しくは左の写真をクリックしてください。

④昭和の商人再生
 お客様と目と目を交わし、心と心を交わして商いに勤しむ“昭和の商人” 物より人を守り伝えていきます。

そして、眠っていたかつての農業倉庫を『再生』

 昭和の4つの再生とあわせて取り組んだのが拠点施設づくりです。 商店街の近くには、昭和10年前後に建てられたかつての農業倉庫がありました。この農業倉庫も時代に取り残され、当時の姿のままだったのです。
 平成14年、かつての農業倉庫を拠点施設『昭和ロマン蔵』として再生。
 ここに昭和を感じさせるグリコのおまけや鉄腕アトムのおもちゃ、平凡パンチに明星などの雑誌類・・・自分の思い出を探す場所-駄菓子屋の夢博物館が誕生しました。
 以降、団体客向けのレストランや昔懐かしい教室なども順番に作っていきました。

ボンネットバス『昭和ロマン号』

 昭和32年式のボンネットバス「昭和ロマン号」も昭和の町の仲間に加わり、昭和の町ミニ周遊などいろいろなコースを無料で乗車できます。皆様に大人気です。

昭和30年代をお客様へ-昭和の町案内人-

 昭和30年代後半から高度経済成長期を迎え、豊かで便利で合理的な暮らしを手に入れた裏側で、失ったものも。おかずをつくったら近所におすそ分け、隣り近所で助けたり助けられたり、といった人間関係や価値観。そんな昭和30年代の人間関係や価値観をお客様にお伝えするのが、昭和の町案内人です。"昭和の店"の建物や一店一宝、一店一品の由来はもちろん、商人の一人一人を紹介しながら、わずか500mの通りを1時間かけて案内してくれます。

人通りも少なかった商店街に40万人ものお客様が

 商店街が最も華やかで元気だった最後の時代、あの昭和30年代の活気を蘇らせようと平成13年(2001年)に立ち上げた「昭和の町」の取組み。昭和の4つの再生をコンセプトとした「昭和の店」は、当初9軒でスタートし、今※では40軒以上に増えました。拠点施設も少しずつ順番に整備しました。まち全体で、着実に、順番に・・・少しずつ・・・
 人通りも少なかった総延長約550mの商店街は、今では年間約40万人の観光客が訪れる町へと生まれ変わりました。

小さなまちで起きた『奇蹟』が『奇蹟』を起こしてくれました

 陸の孤島・大分県の小さなまち豊後高田市の商店街は、商人とお客様との間で昭和の思い出さがしが始まり、笑顔と笑顔、心と心を交わしあう商店街に生まれ変わりました。
 そんな商店街を映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』のメインロケ地として選んでいただきました。
 そう、小さなまちで起きた『奇蹟』が『奇蹟』を起こしてくれたのです。
 豊後高田市に自信と誇りを与えてくれた昭和の町は、まだまだ『工事中』です。これからも昭和の店を拡大します!
 そして・・・令和2年夏ごろには、観光客の皆さん、そして市民の皆さんにも愛されるような新たな拠点施設が誕生します!(予定です!全力でがんばっています!)
 昭和の町を核として地域全体が元気になるように、これからもがんばっていきます!
 全国の皆さんの心温まる応援をどうぞよろしくお願いします。

応援ありがとうございます!

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