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「後世に伝えたい ハンセン病の歴史」 未来につなげたい、大切な記憶 ~世界遺産登録を目指して~ 

カテゴリー:伝統・文化・歴史 

main_img 達成

寄付金額 2,171,388

108.5%

目標金額:2,000,000

達成率
108.5%
支援人数
71
終了まで
受付終了

岡山県瀬戸内市 (おかやまけん せとうちし)

寄付募集期間:2019年10月1日~2019年12月31日(92日間)

岡山県瀬戸内市

プロジェクトオーナー

岡山県瀬戸内市は全国で唯一、2つの国立ハンセン病療養所を擁する基礎自治体です。長島愛生園は1930(昭和5)年に日本初の国立ハンセン病療養所として、邑久光明園は室戸台風により大きな被害を受けた大阪市内の第3区連合府県立外島保養院が1938(昭和13)年に再興される形で両園ともに現在の瀬戸内市邑久町虫明の長島に開設され、今日に至ります。

長島両園の入所者数は、現在では約240名となり平均年齢は85歳を超えています。

本市は、ハンセン病問題と歴史を正しく理解し普及啓発することで、ハンセン病回復者の真の名誉回復と偏見・差別のない社会になることを目指し取り組んでいます。

岡山県瀬戸内市

瀬戸内市は、総面積125.46平方キロメートルで岡山県の東南部に位置し西は岡山市、北は岡山市、備前市と接しています。
市の西端を南北に一級河川吉井川が流れ、中央部には千町川との間に千町平野が広がり、東南部は瀬戸内海に面した丘陵地と、長島、前島などの島々からなっています。瀬戸内海国立公園を形成する海や海岸線をはじめ、緑豊かな丘陵などの自然に恵まれた美しい景観や西日本最大級のヨットハーバーなどがあり、観光客が多く訪れます。また農業はもちろん沿岸漁業や牡蠣などの養殖も盛んです。

GCFプロジェクト進捗情報一覧

  • 目標金額を達成しました。皆さまありがとうございました。

    2020年01月10日 11:10

    多くの皆さまからご支援をいただき、目標金額を達成することができました。
    これもひとえに、皆さまからのご支援のおかげと厚くお礼申し上げます。

    皆さまからいただきましたご寄附は、ハンセン病療養所の歴史を後世に伝えるため、長島愛生園・邑久光明園の資料保存や、入所者の語り映像の多言語字幕作成に活用させていただきます。

    ハンセン病問題の解決とともに様々な偏見・差別の解消を目指し邁進してまいりますので、今後ともご支援賜りますよう宜しくお願いいたします。

~ハンセン病の歴史を後世に伝えていくために~

私たちは忘れてはいけない。大切な記憶

皆さんは 聞いたことがありますか?
ハンセン病という
病に苦しんだ人々がいたことを。

偏見と差別にさらされ
社会から隔離された人々がいたことを。

もう誰一人として 同じ思いをしてほしくない。

だからこそ、後世に伝えていきたい。
哀しい歴史と体験を。

そして、ハンセン病元患者の力強く生きた歩みを。


長島両園の入所者数は、ピーク時は3,000名にまで膨らみましたが、現在では約240名となり平均年齢は85歳を超えています。
そのため、療養所の歴史や記憶を語り継ぐ人が年々少なくなってきています。

本土と長島をつなぐ「人間回復の橋」邑久長島大橋

このままでは記憶が消えてしまい、未来に伝えることができません。

写真

この歴史と体験を後世に伝えていくために、私たちができること。
数多くの証言や資料を保存することで、未来に伝えていきたい。

そのためには皆さまからのご支援が必要です。

同じような過ちが二度と起こらぬよう、偏見や差別のない社会をつくるため、
大切な記憶の保存へのご協力を宜しくお願いいたします。

 

~人権感覚を身につける場として~

偏見や差別をなくすために

長島愛生園 歴史館で学習する子どもたち
長島愛生園 歴史館で学習する子どもたち

未来を担う子どもたちや、全国・海外の方々に長島両園の施設へ見学に訪れてもらいハンセン病患者隔離の歴史を肌で感じること。

それはハンセン病問題のみならず「偏見や差別」「命の大切さ」「人権問題」と人それぞれ感じるものがあるのではないでしょうか。

人権学習の場として、偏見・差別意識の解消とともに一人ひとりがお互いの違いを認め合い、尊重しあうことができる。

人権尊重のまちとして本市だけに留まらず、全国、世界へと「人権尊重」の輪が広がっていくことを願っています。

 

療養所で書かれた女子作文

 

寄附金の使い道

今回のご支援は、下記費用の一部に充てさせていただきます。

◆長島愛生園、邑久光明園入所者の語り映像の多言語字幕作成と編集
・長島愛生園入所者証言映像25点
・邑久光明園入所者証言映像25点

◆長島愛生園・邑久光明園資料の保存
各種貴重な資料の脱酸性処理を行い、一次資料の保存を行います。
特に、長島愛生園内にある「神谷書庫」には、全国の療養所の歴史や入所者の手記などが記された書籍など約4,000点の資料があり、中には100年以上前のものも保管されています。

寄附金の使い道

 

写真

≪多言語字幕作成や長島の資料保存の必要性について≫ 
長島愛生園歴史館 学芸員 田村朋久 さん

この3年間で、長島愛生園歴史館には海外の方々が約150名来館されています。今後、長島の世界遺産登録を目指すにあたり、地域の歴史、入所者の思い、人権が尊重される社会の実現などについて、日本国内のみならず、海外の方々に知っていただくことは大きな意味を持ちます。

また、ハンセン病に限らず様々な差別の中で苦しむ世界中の人びとに、入所者の歴史を伝え、強く生きてきた人たちがいることを知っていただくことは、彼らにとっても生きる希望につながると言えます。

~作陶を通じて歴史を伝えたい~ 

「十坪住宅」と「十坪住宅貯金箱」

当時の十坪住宅建設・十坪住宅の様子(写真:長島愛生園歴史館蔵)

昭和初期、全国からハンセン病患者をなくす運動「無らい県運動」が繰り広げられ、定員を大幅に超える多くのハンセン病患者が長島愛生園に隔離されました。

そのため、療養所内の居住環境は劣悪化しました。このような状況を改善しようと始まったのが「十坪住宅運動」でした。住宅建築の資金を民間の寄付に頼り、入所者の手によって建築するというもので、園内に150棟もの「十坪(とつぼ)住宅」(約33㎡ほど)が建築されました。

その当時、長島愛生園参観者へのお土産や寄付者の記念品として使われていたのが「十坪住宅貯金箱」です。

この貯金箱は寄付の呼びかけにも利用されました。

当時の十坪住宅貯金箱は、長島愛生園の土を使用し、園内の登り窯で焼かれたもので、主には作陶経験のある入所者が制作しました。

しかし、そのほとんどは失われてしまい、現存している貯金箱は2つのみとなっています。

 

「十坪住宅貯金箱」1935年(昭和10年)頃作成

 

「十坪住宅貯金箱」リバイバル版 制作へ

手作り感のある陶製の貯金箱の温もり。
重量感から、厳しさと優しさのようなものを併せ持つ「十坪住宅貯金箱」

この貯金箱を通じて 多くの皆さんに この歴史を伝えたい。

クラウドファンディングの返礼品として「十坪住宅貯金箱」をリバイバルできないか。

そんな思いで、現存している当時の十坪住宅貯金箱を参考にしながら「十坪住宅貯金箱」リバイバル版の制作を始めました。

■たくさんの想いが詰まった貯金箱に

 

今回、長島愛生園入所者の陶芸クラブ「内白間(うちしらま)窯」の方、NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会、瀬戸内市長船町福岡を拠点に活動されている三木裕紀さん(瀬戸内市地域おこし協力隊OB/FabLab setouchiβ運営)、寒風陶芸会館の方々にご協力をいただきました。

長島愛生園には陶芸クラブ「内白間(うちしらま)窯」があり、この型枠を作成する上で入所者の方のご協力をいただきました。
入所者の方たちが作られた原型を基に石膏型を作り、寒風陶芸会館で一つ一つ丁寧に型押ししたものを組み立てて作り上げています。

入所者の方たちが作られた原型を基に作成した貯金箱の型枠

 

 

貯金箱の焼成については、地元で活躍されている陶芸家の方々にご協力いただきました。
十坪住宅貯金箱リバイバル版の完成までには多くの方が関わり、たくさんの想いが詰まった貯金箱になっています。

地元陶芸家の方々(左:安倍 安人氏 ・ 右上:松川 広己氏)

 

 

十坪住宅貯金箱リバイバル版

今回のプロジェクトを通じて、今を共に生きる皆さんの思いを一つのしおりにまとめました。
十坪住宅貯金箱リバイバル版とともに、ぜひ手にとってご覧いただけたらと思います。

 

NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会の設立

写真

岡山県内では2010(平成22)年から「ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会・岡山」を設置し、武久顕也瀬戸内市長が会長を務め長島両園それぞれの将来構想の実現を目指しています。
2017(平成29)年7月には将来構想に「世界遺産登録へ向けての取り組み」が追加記載され、その実働組織として2018(平成30)年1月、NPO法人ハンセン病療養所世界遺産登録推進協議会が設立されました。

 

 

~寄附者の皆様へ~

長島愛生園入所者自治会 会長/内白間窯会員 中尾 伸治さん

■必死に生きてきた私たちの歴史を感じてもらいたい

私たち長島愛生園入所者と長島愛生園歴史館、瀬戸内市、そしてものづくりに携わる瀬戸内市民が心を込めて作り上げたこの貯金箱を通じて、ハンセン病療養所と療養所内での過酷な隔離政策を必死に生きてきた私たちの歴史を多くの皆さんに感じていただき、後世へと語り継いでもらえたらこの上ない喜びです。

この貯金箱を通じて、長島愛生園に関心を持っていただき、この地に足を運んでいただけたら幸いです。
私たちは皆さんを大歓迎いたします。

瀬戸内市からのメッセージ

長島に残された大切な記憶を、偏見や差別のない未来へつなげていくために。
偏見や差別は、決してハンセン病だけのものではありません。

人間が人間らしく いきるために。

大切な記憶を語り継ぎ、未来へとつないでいく。
ぜひ長島へ、岡山県瀬戸内市へお越しください。


【撮影】
写真家 西 岳海

お礼の品一覧


  • GCFとは?

このプロジェクトへの応援メッセージ

  • 朝日新聞の記事で知りました。ぜひ協力したいと思います。

    2019年12月31日 23:44

  • 応援しています!

    2019年12月31日 23:02

  • 微力ながら応援させていただきます。

    2019年12月31日 18:39

  • かつて瀬戸内海の島々を旅行した時に、初めて大島のことを知りました。ハンセン病のことは学校で勉強しましたが、知らないことも多く自分の無知さを痛感しました。差別がなくなりや誰もが生きやすい世界を目指してより多くの人に知って欲しいと思い寄付します。瀬戸内海のおだやかな素敵な島が大好きです。

    2019年12月31日 11:33

  • 学生の頃、長島愛生園のことを少し知っていましたが同じ長島にある邑久光明園のことを知ったのはずっと大人になってからでした。ハンセン病と療養所の歴史、療養所そして療養所から社会に出て生き抜いた方々の言葉を聴き学んでいます。

    2019年12月31日 1:27

  • ハンセン病の歴史を語り継ぐことは、とても大切なことだと思います。
    私自身も、知ったことを周りの人達に伝えていきたいと思います。
    いろいろな作業は大変だと思いますが、がんばってください!!

    2019年12月30日 14:33

  • 人が人として大切にされる世の中に

    2019年12月30日 13:56

  • 意義のある事業へふるさと納税で応援できる機会があり嬉しいです。フリュティエのワッフルを楽しみにしております。

    2019年12月30日 12:15

  • ぜひ後世に負の歴史を残してください。人間は同じ過ちをおかします。いつか訪れたいと思います。

    2019年12月30日 11:56

  • 十坪住宅貯金箱を大切に使わせていただきます。

    2019年12月28日 17:44

  • 学生時代に邑久光明園でお世話になりました。
    あの時の出会いが私の人生を大きく変えました。
    語り部の一人として陰ながら努めて参りたいと思います。

    2019年12月27日 15:44

  • 早期発見と治療で後遺症なく治る病気になったハンセン病。それでも世界中には目の前の感染症としての病と社会からの偏見差別に今なお闘う国があると聞きます。日本が歩んだ教訓を資料と多言語化された証言映像で遺すことは、世界的な意義があると思います。応援します。

    2019年12月26日 18:12

  • 取り組みが実りますように。

    2019年12月25日 12:53

  • 一人でも多くの人々の悩み・苦しみが無くなりますように

    2019年12月23日 22:29

  • 20代の頃、元ハンセン病患者の方に、励ましていただきました。今も感謝しています。日本のハンセン病の歴史を伝えてゆく、一助になればと思います。

    2019年12月22日 9:35

  • 松川広己さんが焼成された十坪住宅貯金箱リバイバル版がこのような意義深いプロジェクトのお礼の品になっていることを知り、寄付しました。貯金箱を通じてハンセン病と長島愛生園、元患者の皆さんの歴史を微力ながら伝えていきたいと思います。

    2019年12月18日 10:33

  • ハンセン病の療養所がある自治体として歴史を伝えていってください。応援しています。

    2019年12月12日 15:01

  • 6月に長島愛生園の見学をさせて頂き勉強になりました。よろしくお伝え下さい

    2019年11月26日 13:19

  • ハンセン病者収容の歴史を正しく伝えることは大切な事業です。どうかよろしくお願いします。
    できうれば、香川県の大島青松園とも連携してほしいです。

    2019年11月20日 1:37

  • ハンセン病が過去の病気になりつつあることに感謝する一方で、偏見と差別による苦しみ、社会の理解と対策の遅れによる苦しみの長期化の歴史を記録しておくことは重要だと思います。邑久長島大橋の写真を見て、不運にも病気と生きることになった方、回復された方やご家族、すべての方の喜びや哀しみが橋を渡る風のように感じました。

    2019年10月5日 16:24

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