「世界の良心」安達峰一郎博士の生家と共に平和への願いを次世代へ

カテゴリー:伝統・文化・歴史 

寄付金額 31,000

1%

目標金額:3,000,000

達成率
1%
支援人数
4
終了まで
89
/ 90

山形県山辺町(やまがたけん やまのべまち)

寄付募集期間:2026年8月1日~2026年10月29日(90日間)

山形県山辺町

プロジェクトオーナー

山辺町指定文化財である安達峰一郎博士の生家は、江戸時代後半に建てられた貴重な中層農家建築です。
アジア人初の常設国際司法裁判所長を務め「世界の良心」と称えられた博士の生家として代々受け継がれてきましたが、現在は経年劣化により茅葺屋根の傷みが進行しています。

山辺町では、この歴史的建造物を未来へつなぐため、茅葺屋根の改修工事を行います。
今回の取り組みを通じ、全国の人々が平和を深く学べる場としてのさらなる活用を目指します。

1. はじめに

< 安達峰一郎博士の生家 >

近年、世界各地で戦争や武力紛争が勃発し、改めて「国際平和」が叫ばれています。

当町は、常設国際司法裁判所の裁判所長を務め、国境を越えて「世界の良心」と称えられた安達峰一郎博士の誕生地です。
博士が幼少期を過ごした生家は、世界で活躍するための学識と志を育んだ、本町が誇る極めて重要な歴史的資源です。国家間の紛争を武力ではなく「国際法」という対話の力で解決しようと生涯を捧げた博士の精神は、混迷する現代の国際情勢において、その存在意義がますます高まっています。

この生家は、昭和37年に安達博士の妻である鏡子氏より「将来の日本を背負って立つ子どもたちのために」と山辺町へ寄贈され、平成16年2月6日に町の指定文化財として登録されました。

これまで生家屋内や隣接する北部公民館では、博士に関する書物や写真、直筆の書などを展示し、無料で見学していただいてきたほか、博士の生涯を分かりやすく紹介する紙芝居を実施するなど、子どもから大人まで親しみながら学べる場として活用してまいりました。

<紙芝居を見る安達峰一郎博士記念保育所の園児たち​>

しかし今、屋根の茅(かや)には苔が生え、劣化が深刻な課題となっています。
茅葺屋根に苔が生えると、スポンジのように水分を溜め込んでしまうため、水はけや通気性、日当たりが著しく悪化してしまいます。
常に屋根が湿った状態になることで、茅を腐らせる菌が繁殖し、劣化が急加速するほか、苔を土壌にして草や木の種が根を張り、雨漏りや構造の歪みを引き起こす原因になります。

<屋根の様子(苔が生え植物が根を張っている)>

そこで山辺町では、博士の「平和への願い」が詰まった生家を次世代に残すため、山辺町としては初となる「クラウドファンディング型ふるさと納税」を実施することといたしました。

安達博士が目指した平和への想いを未来へつなぐため、皆さまのあたたかいご支援を心よりお願い申し上げます。

​<博士の生家を見学する小学生たち>

【注意事項】

​工事期間中(令和9年11月頃まで)は生家の見学はできませんが、公民館内の展示室や敷地内の石碑等はご覧いただけます。

2.安達峰一郎博士の歩みと生家

<「世界の良心」安達峰一郎 >

「世界の良心」安達峰一郎

明治2年(1869年)に現在の山辺町に生まれた安達峰一郎博士は国家間の紛争を戦争ではなく「国際法」によって解決しようと世界を舞台に闘い、国境を越えて「世界の良心」と称えられた偉人です。
アジア人初の快挙を成し遂げ、世界平和の礎を築いた博士の歩み。その偉大なる足跡のすべての原点が、ここ山辺町に今も残る生家にあります。

< ポーツマス講和会議の様子(右側一番手前)>

日本の命運をかけた「ポーツマス講和会議」へ

帝国大学法科大学を卒業後、外務省に入省。得意のフランス語と国際法の深い知見を駆使して外交官としての研鑽を積み、36歳という若さで、日露戦争の講和交渉を行う「ポーツマス講和会議(1905年)」の条約草案作成委員に抜擢されます。 日本の命運をかけた外交の最前線で特命全権大使である小村寿太郎を補佐し、その卓越した語学力と国際法の実務能力は内外から高く評価されました。

< 常設国際司法裁判所で裁判長を務める博士 >

アジア人初の常設国際司法裁判所長へ

外交の表舞台で経験を積んだ安達博士は、国家間の紛争を「法」によって解決するため、常設国際司法裁判所裁判官(判事)の選挙に立候補し、博士は国際連盟加盟52カ国中49カ国という圧倒的な支持を獲得し見事当選をはたします。
その後、判事たちによる投票においても絶大な頼を集め、アジア人初となる最高責任者「常設国際司法裁判所長」に選出されたのです。

< 国葬時の様子 >

1934年に65歳で亡くなった際、オランダ国はその偉大な死を悼み、日本人でありながら平和宮(常設国際司法裁判所)で「オランダ国葬・裁判所葬」が執り行われました。このとき数万ものオランダ市民が沿道に並び、別れを惜しみました。世界から深く信頼された博士の生涯を象徴する光景といえます。

博士の原点、学問の府「對賢堂(たいけんどう)」

博士の生家は、決して大きなお屋敷ではありません。しかしここには、祖父が自宅に開いた私塾「對賢堂」があり、小さいながらも地域の子どもたちの向学心が満ちあふれた、熱い学問の府でした。

< 現在の生家の中 >

オランダの豪華絢爛な「国際司法裁判所」の長となった博士ですが、その平和への信念は、この山辺町の質素ながらも学問を重んじる茅葺きの生家で育まれました。
昭和43年、生家を同じ敷地内で移動させ、空いた跡地に「安達峰一郎記念保育所」を設立。子どもたちを身近に見守ってきました。その後、平成10年に保育所が近隣へ新築移転したことで、生家は再び元の場所へと戻り、博士の歴史を今に伝えています。

< 生家で両親と共に撮影 >

現在、生家の屋内と隣接する北部公民館には、博士に関係する様々な書物や写真、直筆の書、偉大な功績を伝える当時の新聞記事などが展示されています。

< 生家内の資料 >
<公民館内の展示室>​

3. 茅葺屋根の状態

<冬の生家>

山形の厳しい冬の風雪に耐え、歴史を紡いできた安達峰一郎博士の生家ですが、現在は経年劣化による茅の「痩せ」が目立っています。このまま放置すれば、建物の構造にまで深刻な被害が及ぶ恐れがあり、早急な対策が求められています。

<屋根図(屋根の様子)>

苔がもたらす致命的な弊害

一見、風情があるように見える茅葺屋根の緑色ですが、茅葺屋根に苔が生えると、雨や雪解け水をスポンジのように内部に溜め込んでしまいます。
本来、風と太陽で自然に乾くはずの屋根から水はけや通気性、日当たりが奪われ、内側は常にジメジメと湿った状態が続くことになります。
これにより、茅をボロボロに分解する菌が爆発的に繁殖し、劣化のスピードが急加速します。
さらに、蓄積した苔が「土」の役割を果たし、風で運ばれた草や木の種が屋根の上で発芽。伸びた根が茅の結束を内側から壊し、雨漏りや、建物全体の構造を揺るがす歪みを引き起こす原因になります。

<屋根に苔が生え、植物が根を張り生えている様子>

4.寄付の概要について

【寄付金の使い道】

いただいた寄付金は、すべて安達峰一郎生家の茅葺屋根改修工事(屋根の葺き替え・修繕費用)に大切に充当させていただきます。

【目標金額】 300万円

※目標金額に達しなかった場合でも、いただいた寄付金は修繕費用に充てさせていただきます。

【返礼品について】

本プロジェクトでは返礼品の提供はございません。
皆様のあたたかいご支援は、生家と博士の平和への想いを次世代へと引き継ぐことに繋がります。

【工事実施スケジュール(予定)】

・令和8年11月:屋根改修工事(2面分)完了
・令和9年11月:屋根改修工事(全面)完了

6.携わる人の思い

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安達峰一郎博士顕彰会 会長 山辺町長 安達 春彦 氏

安達峰一郎博士は、常設国際司法裁判所の所長として国際法に基づく平和と正義を求め「世界の良心」と称えられた山辺町が誇る偉人の1人です。博士は幼少の頃より高い志を持って勉学に励んでおり、生家の中には当時の学び舎であった「対賢堂」の様子や博士に関する資料が数多く展示され、毎年たくさんの方が博士の足跡をたどって訪れています。
当顕彰会としましても、博士の生家は博士の平和への想いを学び・育む貴重な文化的シンボルであり、博士の遺志を継承し、業績を永く後世に伝えていくため、多くの方々の支持によりこの取り組みの輪が大きく広がっていくことを強く願っています。

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公益財団法人安達峰一郎記念財団 理事長 鈴木 正貢 氏

当財団の活動は、安達峰一郎博士の没後も欧州で激動の時代を生き抜き、帰国後に自らの全資産を寄付して財団を設立した、かね夫人の強い遺志から始まりました。夫人が生涯をかけて守り、当財団が受け継いできた博士の「平和への歩み」。その原点が、この山辺町の指定文化財として親しまれてきた博士の生家です。国際情勢が緊迫する現代において、法と対話の力で平和を求めた博士の精神は、次世代へ語り継ぐべき道標です。この大切な歴史的遺産を、より良い形で未来の世代へ継承していくため、山辺町は初の修繕プロジェクトを立ち上げました。皆様の温かいご支援を心よりお願い申し上げます。

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山辺町郷土史研究会 会長 村山 賢司 氏

安達峰一郎博士は、世界の人から信頼され愛され「世界の良心」と慕われた、日本人で最高の国際人で、外交官です。常設国際司法裁判所長退任後、安達裁判官は昭和9年に亡くなりオランダ国葬で送られました。
安達博士は第一次世界大戦のヨーロッパの惨状(死者1700万人以上)を目の当たりにし、二度とこのような惨禍とならない国際平和を目指し、国際連盟の発足や常設国際司法裁判所の創設に携わり、国際連盟では戦争放棄のパリ不戦条約の成立や締結などに尽力するなど、現在の国際主義と平和主義のフレームづくりに貢献しました。
その安達博士が目指した戦争によらない国際平和に向けた姿勢を、生家から発信していきたいと考えています。
皆様からのお力添えを、どうぞよろしくお願いいたします。

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山辺町山辺北部公民館運営協議会 会長 髙橋 政広 氏

「世界の良心 安達峰一郎博士」は、幼き少年の頃、小鳥海山の大杉に誓いをたて、その後博士は、世界平和を願う信念のもと、常設国際司法裁判所の所長となり、山辺町の偉人と称賛されています。
生家でもある對賢堂の現建物は、その想いを育んだ源となり、博士の平和への礎となっている建築物です。豊かな自然に調和する平屋建。太い柱・太鼓梁・土間叩き・煙抜け腰屋根が特徴の造りでもあります。おおよそ江戸時代後期に建築されたとされ、数百年もの時を超え途中移築を余儀なくされつつも、歴史的景観を今に伝えてきました。
しかし、昨今、建築の景観の要となる屋根に異変が生じ、茅にカビやコケの発生から腐れが屋根全体に及び、数年前の豪雪の影響もあり、素材の茅は痩せ、ずれ落ち、原型保全のため、一部応急措置が施される現状となっています。
そこで、屋根全体の茅葺きの復元工事を新たに試みることは、皆の共通の願いでもあります。復元工事の茅職人さんや茅自体の調達も含め、その資金面等の確保の難しさの課題が浮き彫りとなる現状の中、この文化財を次世代に引き継ぐための屋根復元工事が、この度動き出しました。
当北部公民館運営協議会としても、平和への想いの礎となり歴史的景観を今に伝えられる“茅葺き屋根”の凛とした姿の復元に大いに期待をよせています。私たちは、未来に託す思いを共通の認識とし、この事業を心から応援致します。
皆様の温かいご理解ご協力ご支援程、宜しくお願い致します。

現在進捗情報はありません。

山形県山辺町

山辺町は、美しい棚田や森林などの自然景観に恵まれ、盆地特有の寒暖差を活かした果物づくりや独自の産業が調和した魅力あふれるまちです。
当町では、常設国際司法裁判所長を務め世界平和に捧げた「世界の良心」安達峰一郎博士の生家を、町の指定文化財として大切に守り続けてきました。
平和都市宣言の町として、博士の平和への想いを全国、そして次世代へと広く届けてまいります。