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日本人初金メダリスト織田幹雄さんの偉業や功績を未来へ引き継ぐ「織田幹雄記念館」を整備したい!

広島県安芸郡海田町 広島県海田町

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寄附募集期間:2018年10月1日~2018年12月31日(92日間)

寄附金額
360,000
支援人数
6
達成率
2.4%
目標金額
15,210,000円
終了まで
18日 / 92日

広島県安芸郡海田町

プロジェクトオーナー

日本人初の五輪大会金メダリストである 織田幹雄さん生誕の地である海田町に、「織田幹雄記念館」を整備します。織田幹雄さんの偉業や功績を広く後世に伝える場として2020年の開館を目指しています。

また、後進の育成にご尽力された織田幹雄さんの意志を継ぎ、各種スポーツ大会を開催します。
2020年に向け、織田幹雄さんの偉業の継承とスポーツのまちづくりをすすめる海田町。みなさまのご支援により、この新しい記念館整備へのご協力をお願いいたします。

広島県海田町

広島県海田町は,古くから交通の要衝として栄え,広島市の東部に位置する人口約2万9千人のまちです。

また,名誉町民である織田幹雄さんをはじめ,様々な分野において偉業を成し遂げた人物を幾人も輩出してきており,誇りうる歴史と伝統や,水と緑に恵まれた豊かな自然を有しているまちです。

海田町の詳しい紹介はこちらから
https://www.town.kaita.lg.jp/sito/kaita-info/

GCFプロジェクト進捗情報一覧

現在進捗情報はありません。

織田幹雄さんの偉業や功績を讃えたい!

織田幹雄さんの偉業や功績を未来へ引き継ぐ

日本人初の五輪金メダリスト織田幹雄さん生誕の地である海田町に、「織田幹雄記念館」を整備します。

日本人初の五輪金メダリスト織田幹雄さん生誕地である海田町に整備する「織田幹雄記念館」は、織田幹雄さんの偉業や功績を広く後世に伝える場として2020年の開館を目指しています。

2020年を海田町から盛り上げたい!

私たちは、「日本人初の金メダリスト織田幹雄さんの歩み」を今こそ全国に広く発信し、来たる2020年のスポーツの祭典を盛り上げる最高の話題作りにつなげたいと考えています。

日本中の期待に、ひたすら努力を重ねることで応え、見事に金メダルを獲得した織田幹雄さん。織田幹雄さんを日本中の話題にすることで、海田町から2020年を盛り上げたいと願っています。そして、織田幹雄さんの偉業や功績を未来に伝えていきたいのです。

 

「三段跳び」競技の名付け親である
織田幹雄さん

アムステルダム大会で金メダルを獲得

写真
織田幹雄さんは、1905(明治38)年に広島県海田市町(現・安芸郡海田町)で生まれました。身体は小さくても丈夫で、成績は優秀、学校から帰れば、近所の子どもたちと野山をかけまわっていました。この遊びを通じて、運動神経や強いバネが養われたそうです。
  
1924(大正13)年、跳躍種目ただ一人の日本代表として、パリ大会へ出場します。結果は三段跳びで日本陸上界として史上初の6位入賞を果たしました。
しかし、次期大会に向けた厳しい練習による怪我をきっかけに、スランプに悩まされます。織田さんは試行錯誤を続け、海外の選手のものまねではなく、「跳ぶ」ということの基本に立ち返ります。「いつどこに力を入れるのか。効果的な体勢は、踏み切りは。」毎日毎日ノートに書き留めました。記録を集約すると、3度のジャンプの比率が、6:4:5のときに距離が一番伸びることがわかりました。苦心の末、「織田さんのジャンプ」が完成します。
 
迎えた1928(昭和3)年8月2日、アムステルダム大会三段跳で、15m21cmの記録で優勝。織田さんは、日本人初の五輪金メダリストとなりました。織田さんは、「自分がそこまでやれたのはやはり努力だった。人は主体性をもった努力・工夫が大事だ。それは人それぞれなりにやればできる。」と振り返っています。

当時は、「三段跳び」という呼称はなく、「ホップ・ステップ・アンド・ジャンプ」を略し、「ホ・ス・ジャンプ」と呼ばれていました。織田さんが世界を狙える記録を出したことが、名称変更のきっかけとなり、織田さんが考えた「三段跳び」が採用され、金メダルを獲得することで定着していきました。

 

織田幹雄さんにちなんだまちづくりを進めています!

スポーツ大会等様々な事業を実施

今回のご支援は、織田幹雄記念館の整備やスポーツ大会の開催に係る経費の一部に充てさせていただきます。織田幹雄さんの偉業や功績を広く後世に伝える場として、情報発信を行い続けるとともに、後進の育成にご尽力された織田幹雄さんの意志を継ぎ、各種スポーツ大会を開催しています。

活動内容

・織田幹雄記念館整備
・織田幹雄スポーツ教室 
・織田幹雄「金メダルの日」記念事業 ジャンプ&ラン大会

 

織田幹雄記念館の概要

陸上スタジアムをテーマに

織田幹雄さんは、若い頃は競技者として、引退後は指導者として日本陸上界の未来を切り拓いてきました。そんな織田さんが生涯を通していつも輝いていた場所、それこそが陸上スタジアムだと言えます。「(仮称)織田幹雄記念館」は、この陸上スタジアムをデザインテーマとします。

陸上トラックに模した「時代のフィールド」では、実際の陸上競技と同じ反時計回りで、実物資料やグラフィックによって織田さんの生涯を紹介します。
その周囲には、映像や小セミナーなどによって織田さんについて学べる「ODAシアター」、織田さんの遺した言葉を紹介する「言葉のギャラリー」、織田さんが遺した日記や関連書物などをゆっくりと読むことができる「競技のライブラリー」を配置して、体験型展示を通して織田さんの偉業や人間としての魅力を学んでいただける施設をめざしています。

また、寄附金を頂いた方の銘板を作成し、織田幹雄記念館へ飾る予定です。

■2020年までの整備を目指して

(仮称)海田公民館外観イメージ

※(仮称)海田公民館外観の館内に、(仮称)織田幹雄記念館を整備します。

建設スケジュール(予定)

事業実施のスケジュールです。
2018年 織田幹雄記念館建設着手
2020年 開館予定

 

事業に携わる方の思い

海田町長 西田 祐三

■織田幹雄さんの志を受け継ぐ

写真
日本人初の金メダリスト織田幹雄さんは、海田町に住む子どもたちにとって、あこがれの大先輩です。

町内小中学校の子どもたちは、織田幹雄さんの紹介文を書いたり、外国人留学生に英語で紹介したり、さまざまな学習を通して織田幹雄さんのアスリートとしての偉大さや、グローバルな視点を持った「世界人」としてのすばらしさを発見しています。

子どもたちは、織田幹雄さんの生き方や考え方にふれることを通して、織田幹雄氏の志を受け継ぎ、将来に向けてはばたいてくれるものと思います。

 

寄附者のみなさまへ

海田町からのメッセージ

織田幹雄記念館は、日本人初の金メダリストである織田幹雄さんの偉業を広く発信する拠点となります。

2020年を地方からも盛り上げていきたい。また、そこから全国へ向けた海田町のアピールにつなげたいと考えていますので、ご協力のほどお願いいたします。

 

お礼の品を準備しています

今回のプロジェクトにご賛同いただいた方で、希望された方に海田町ゆかりの返礼品をお送りいたします。

寄附金額1万円以上

①清酒 ほっぷすてっぷじゃんぷ ※
②海田ふるさと絵手紙
③かき醤油・味付海苔
④一番海苔シリーズ詰め合わせ (味付・かき・わさび・唐辛子・焼き)
⑤味付け海苔・かき味海苔・しそ風味海苔
⑥もみじ饅頭
⑦ひまわりがいっパイ
⑧カツヤ厳選 広島県産コシヒカリ10kg
⑨ひまわり畑のフロランタン「広島レモンの恵み」

【注意事項】

※「ほっぷすてっぷじゃんぷ」の名は、織田幹雄さんに由来しています。町のお祭り「七夕さん」の実行委員会が、お酒の選定からラベル作りまで開発に携わって情熱を注いだ、海田町自慢のひと品です。口に含むと広がる華やかな吟醸香と、純米の芳醇な味わいのバランスが絶妙な逸品。女性にも親しみやすい優しい味わいを、ぜひお楽しみください。

寄附金額2万以上

⑩特選味付海苔・特選手巻焼海苔詰合せ

また、5万円以上の寄附金をいただいた方の銘板を作成し、織田幹雄記念館へ飾る予定です。
※寄附金は平成31年12月31日までに申し込み申請があった方を対象とします。