ついに発見!「番場の忠太郎」銅像をゆかりの地・米原市番場に移築したい!

カテゴリー:伝統・文化・歴史 

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寄付金額 215,000

21.5%

目標金額:1,000,000

達成率
21.5%
支援人数
5
終了まで
25
/ 61

滋賀県米原市 (しがけん まいばらし)

寄付募集期間:2022年11月1日~2022年12月31日(61日間)

番場史跡顕彰会

プロジェクトオーナー

1950年代に映画「瞼の母」の大ヒットで一世を風靡した「番場の忠太郎」。
物語発祥の地といわれる地元・米原市には、当時「番場の忠太郎」の銅像が建立されていましたが、銅像が設置されていた店舗の閉店に伴い、銅像も行方知れずとなってしまいました。
この度、長年探していた忠太郎の銅像が見つかり、番場の忠太郎の銅像を再び地元である米原市番場に移築し、「忠太郎ゆかりの地」として守っていきたいと考えています。

◆◆米原市では、地域の活性化につながる事業を応援する仕組みとして、ガバメントクラウドファンディングを活用しています。皆様の応援をお願いいたします◆◆

滋賀県米原市

米原市は滋賀県東北部地域の中心に位置しています。日本百名山の1つである伊吹山がぞびえ、総面積の63%を占める森林に蓄えられた水は、清流姉川や天野川となって地域を流れ、母なる琵琶湖に注ぐという、水と緑に包まれた自然豊かな地域です。伊吹山のお花畑や長岡のゲンジボタル、醒ヶ井の梅花藻など美しい自然や貴重な動植物の宝庫であり、また、歴史ではヤマトタケル伝説や石田三成と豊臣秀吉出会いの地・観音寺など数多くの史跡を残しています。
滋賀県唯一の新幹線駅・米原駅をはじめ、名神高速道路、北陸自動車道ICが立地しており、アクセスは抜群です。ココチよいまち 米原にぜひお越しください。

◆◆米原市では、地域の活性化につながる事業を応援する仕組みとして、ガバメントクラウドファンディングを活用しています。皆様の応援をお願いいたします◆◆

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結果:-

番場史跡顕彰会

番場史跡顕彰会

初めまして。私は滋賀県米原市番場の「番場史跡顕彰会」会長の泉峰一です。
番場といえば、江戸時代に中山道の宿場町・番場宿として賑わったまちですが、1950年代に公開された映画「瞼の母」(まぶたのはは)に登場する「番場野忠太郎」(ばんばのちゅうたろう)ゆかりの地としても知られています。

歴史ロマンあふれる番場宿

木曽街道六十九次 番場宿
現在の米原市番場宿の街並み

米原市番場は、江戸時代には中山道62番目の宿場町・番場宿として栄えました。歌川広重の「木曾海道六十九次」の一つとしてその歴史が今に伝えられています。
また、番場宿の西側に位置する鎌刃城は、湖北と湖南をつなぐ要所であり、戦国時代には北近江の京極氏・浅井氏と南近江の六角氏が領有をめぐって争った城です。2017年には続日本100名城に指定されています。

番場に残る鎌刃城史跡

名作「瞼の母」の作者 長谷川伸先生も訪れた番場宿・蓮華寺

番場には聖徳太子が建立した(当時は法隆寺と称された)浄土宗本山の蓮華寺があります。
鎌倉時代末期、北条仲時がこの地で鎌倉幕府の滅亡を悟り、配下とともに自害した場所としても知られており、ゆかりの資料・史跡が残されています。

蓮華寺

「番場の忠太郎」が登場する映画「瞼の母」の作者である長谷川伸先生が、中山道番場宿を旅して蓮華寺を訪れた際、鎌倉時代末期に北条仲時以下四百三十余名がこの地で自害したという記録をご覧になりました。自害した者の中には14歳、15歳の若者の名もあり、長谷川伸先生はかつて自身が3歳の時に母と別れた経験と、蓮華寺で自害した若者の生き様を重ね合わせ、この「番場の忠太郎」エピソードが誕生したとも言われています。

「瞼の母」は親子の絆がテーマの物語

番場の忠太郎は、1930年に作家の長谷川伸さんが発表した「瞼の母」の主人公です。「瞼の母」は任侠の世界に生きる忠太郎が幼い頃に生き別れとなった母を探して旅をする、親子の絆がテーマの戯曲です。
幼くして母と生き別れた無宿の渡世人「番場の忠太郎」。一目でいいから母に会いたい。子が親を慕い、親が子を想う心。「瞼の母」は時代を超えて愛される「親と子の絆の物語」です。

1950年代に映画化されると大ヒットし、その後テレビドラマ化や舞台化などで一躍ブームとなりました。さらに最初のブームから50年以上経った2000年代には「瞼の母」が楽曲としてCDリリースされました。
「親子の絆」をテーマとするこの作品が、時代を超えて日本人の心に訴えかける不朽の名作であることを表しています。

かつて米原市には「番場の忠太郎」銅像が建てられていました!

番場の忠太郎銅像

かつて米原市内には「忠太郎食堂」という飲食店があり、店舗脇には「番場の忠太郎」の銅像が建てられていました。この銅像は「番場の忠太郎」ゆかりの地のシンボルとしていつも地元を見守っていました。
しかし、飲食店が閉店となると銅像もなくなってしまい、その後ずっと行方知れずのままとなっていました。

かつて忠太郎銅像が建てられていた跡地。

行方知れずの銅像。長年探し続け、ついに、、!!

見つかりました!!

番場史跡顕彰会のメンバーが、行方知れずとなっていた銅像を何年も探していましたが、ついに2022年の春、「忠太郎」銅像を見つけることができました!
銅像は、近隣市町にお住いの忠太郎ファンの方が当時買い取られ、ご自宅の庭に移築されておられました。私たち顕彰会のメンバーが、忠太郎ゆかりの地・番場での活動や長年銅像を探してきた思い等を熱くお話しさせていただいたところ、私たちの想いに賛同いただき、このたび銅像をお譲りいただけることになりました。

【寄付金の使い道】忠太郎銅像を地元・米原市番場へ移築したい!

私たちは、この忠太郎銅像を地元・米原市番場へ移築するため、このプロジェクトを立ち上げました。
頂いた寄付金は、銅像購入費、銅像用台座設置費、運搬費のほか、番場宿・蓮華寺に新たに設立する「番場の忠太郎記念室」整備費用として活用させていただきます。

忠太郎銅像を地元・番場の財産に。皆様のご支援をお願いします。

私たちがずっと探し続けてきた忠太郎銅像。再びまちのシンボルとして地元を盛り上げていき、全国の皆様にも「瞼の母・番場の忠太郎」ゆかりの地へ足を運んでいただけるように頑張って活動してまいります。皆様のご支援をお待ちしております。

地元で制作した番場の忠太郎キャラクター