旧こ線橋の古レールをそのまま、重みと刻印を感じるペーパーウェイト 【限定1000個!】三鷹こ線人道橋のペーパーウェイト / 文鎮 古レール 鉄道グッズ インテリア雑貨 限定品 歴史素材 有名 三鷹市
お礼の品について
| 容量 | 1個(900g) 【数量限定:1,000個】 |
|---|---|
| 事業者 | 三鷹市 他のお礼の品を見る |
| お礼の品ID | 6934013 |
お申し込みについて
| 申込条件 | 何度も申し込み可 |
|---|---|
| 発送期日 | 令和8年2月~ |
| 配送 |
|
三鷹こ線人道橋解体時に、JR東日本からご提供いただいた古レールの部材を活用して作ったオリジナルグッズです。
返礼品を作成した古レールはこ線橋『床板(橋げた部分の歩く部分)』のコンクリート内の構造材の一部で、刻印から官営八幡製鉄所で造られたものであることがわかっています。
【注意事項】
※古レールのため、使用状況により返礼品ごとに形が若干異なります。
※記念のプレートがつきます。プレートに記載される通し番号は選べません。
三鷹跨線人道橋跡ポケットスペースの整備について
三鷹こ線人道橋は、昭和4(1929)年に、三鷹電車庫(現在の三鷹車両センター)の開設に伴い、分断される上連雀地区の通行を確保するために設置されました。以来、行き交う電車や電車庫の車両、遠く富士山を望むことのできる場所として、多くの方に親しまれ、三鷹ゆかりの文学者・太宰治が好んで訪れていた場所としても知られています。
老朽化のため、解体・撤去されることとなりましたが、多くの方に親しまれたこ線橋の存在を後世に伝えるため、三鷹市では南側階段跡地に、こ線橋の記録と記憶を残す「三鷹跨線人道橋跡ポケットスペース」の整備を行っています。
たくさんの方々のご寄付をお待ちしています!
三鷹こ線人道橋
三鷹こ線人道橋からみた夕日
三鷹こ線人道橋は、三鷹駅西側400メートルほど先に位置し、昭和4(1929)年に三鷹電車庫(現三鷹車両センター)の開設に伴い、分断される上連雀地区をつなぐ南北に約90mの人道橋として設置され、以後、三鷹の発展とともに存続し、94年間にわたり三鷹のまちを支えてきました。
生活の道としてだけでなく、行き交う電車や電車庫の車両、遠く富士山を望むことのできる場所として、さまざまな人が集い、思い入れがある場所として多くの方に愛される存在で、令和5(2023)年12月に行った解体・撤去前最後の『渡り納めイベント』には、4,000人を超す申し込みがあったほどです。
こ線橋上から見た朝日に赤くなる富士山
太宰治も通った「三鷹こ線人道橋」
三鷹跨線人道橋ポケットスペースでは、三鷹に住み多くの作品を残した太宰治ゆかりの場所としても保存を行います。
三鷹こ線人道橋にて撮影した太宰の写真に写っている階段の一部を現地保存します。また、橋げたから遠くを望む部分を特定し、太宰が写っている橋げたの一部をポケットスペースに保存し、当時の面影を感じていただけたらと思います。
歴史あるこ線人道橋
三鷹こ線人道橋は、大正から昭和初期に東京近郊に設置された跨線人道橋の3つしかない、かつ最古のうちの1つの現存例であり、その中でも古レール造のものは2つしかなく、跨ぐ路線の数が最も長いという価値があります(三鷹こ線人道橋調査報告書より)。
多少の設備追加(フェンス等)などはあるものの、鉄骨、コンクリートなど建設当時の構造を残したものでした。
全長約90mのこ線橋は珍しく、構造材として、使用済みの古レールが使われていました。レールに記された記号からドイツで造られたレール、アメリカで造られたレール、官営八幡製鉄所で造られたレールが使われていることがわかっています。
今回、この古レールの一部から作ったペーパーウェイトを数量限定で返礼品にご用意しました。
返礼品を作成したレールはこ線橋『床板(橋げた部分の歩く部分)』のコンクリート内の構造材の一部で、刻印から官営八幡製鉄所で造られたものであることがわかっています。
ペーパーウェイトの詳細等は「お礼の品」ページにてご確認ください。
NO 75 A 1911 XI-3(八幡製鉄所1911製造の刻印)
こ線橋を後世に伝える
三鷹こ線人道橋は、耐震性能が現在の基準を満たしておらず、利用者や鉄道の安全安定輸送に支障をきたすことが想定されること等の理由から、こ線橋の維持管理を行う東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)より撤去することで進めるとの見解が示されました。
三鷹市としては、現状のままで存続させる方法がないか模索しましたが、改修により文化的価値が損なわれる可能性が高いことや、耐震性能が現在の基準を満たしていないこ線橋の存続により、万が一の災害の際に大きな支障をきたすことも考えられるため、JR東日本の判断を受け入れることとしました。
一方で、多くの方から親しまれたこ線橋を、なんとか形として残すことはできないか検討した結果、JR東日本と連携し、こ線橋の一部を譲り受けて保存や映像・画像等での記録など、記憶と記録を残す取り組みを行うこととなりました。
こ線橋の記録と記憶を残すための取組の中心となるのが、「三鷹跨線人道橋跡ポケットスペース」の整備です。
三鷹跨線人道橋跡ポケットスペース整備事業の概要
整備内容
・階段の一部保存及び新設階段の設置
・橋桁の一部の展示
・こ線橋の歴史などの解説パネルの展示など
場所
上連雀二丁目21番(ポケットスペース:約180㎡)
スケジュール(予定)
令和7年6月~令和8年3月 工事期間
令和8年3月 完成
完成予定図
寄付金の使い道
いただいた寄付金は、三鷹跨線人道橋跡ポケットスペースに関する事業の費用として活用させていただきます。
| カテゴリ |
雑貨・日用品
>
文房具・玩具
>
その他文房具
|
|---|
- 地場産品類型
5号
三鷹市について
三鷹市は昭和25(1950)年11月3日に、東京都で四番目の市として市制を施行しました。以来、「全国の自治体で初の公共下水道普及率100%の達成」、「7つのコミュニティ住区ごとに組織した市民団体である住民協議会が、自ら管理運営を行うコミュニティ・センターを拠点に地域づくりを行うコミュニティ行政の推進」、「メンバー全員を公募市民である『みたか市民プラン21会議』による、白紙からの市民参加による基本構想、基本計画の策定」、「コミュニティ・スクールを基盤とした小・中一貫教育の全市展開」など、さまざまな分野で先駆的な施策を進めてきました。
現在は、成熟した都市の質的向上をめざす「都市再生」、ともに支えあう地域社会を生み出す「コミュニティ創生」の2つを最重点課題として、「参加と協働のまちづくり」を進めています。
「三鷹市の計画・自治基本条例」
三鷹市では、目標達成に向けた計画に基づき、総合的、計画的に市政運営を行う計画行政を進めています。「三鷹市基本構想」を最上位計画とし、基本構想に定める基本目標である「高環境・高福祉のまちづくり」を実現するため、「基本計画」及び「個別計画」を策定しています。
また、市政運営における最高規範として「三鷹市自治基本条例」を制定し、同条例に基づき地方自治を推進しています。基本構想で描く都市の将来像を実現していくため、制度・仕組みを定めたものが自治基本条例で、基本構想と自治基本条例は、市政を進めていくうえでの、車の両輪のような関係になっています。
「三鷹市の財政」
三鷹市では、低成長時代における緊縮財政を想定し、行財政改革を日常的な取り組みとして推進しています。数量的な行政のスリム化のみならず、行政サービスの質と市民満足度の向上をめざし、「選択と集中」による施策の重点化などに努めた財政運営を行っています。
東京都 三鷹市