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深い歴史と自然が育んだ島田の緑茶。その歴史は、一人の熱血青年茶師から始まった!?

お茶といえば静岡。そのルーツは静岡県島田市北部の山間の中の小さな伊久美村にあると言われています。伊久美村の熱血青年茶師と呼ばれた「坂本藤吉」は、この地で静岡茶の発展の祖となりました。

お茶といえば静岡。そのルーツは静岡県島田市北部の山間の中の小さな伊久美村にあると言われています。伊久美村の熱血青年茶師と呼ばれた「坂本藤吉」は、この地で静岡茶の発展の祖となりました。


1837年、藤吉は伊久美村の有志数十人に宇治茶の栽培、製造技術を習い伝え、その製法技術は、たちまち駿遠一帯に広がり目覚ましい発展をとげました。その後、藤吉は静岡初の宇治製法こと「蒸製法前茶法」(静岡製法とも呼ばれています。)を開発しました。

藤吉死去後、伊久美村では西野平四郎がその意志を受け継ぎ、宇治の茶師を招いて伝習を継続。当時から江戸茶問屋との取引をし、江戸の神田に茶の直営販売所を開くなど、販売ルートを広げていきました。

1859年に横浜が開港すると、三井物産に委託し、いち早くアメリカへのお茶の輸出販売に取り組み、自ら伊久美物産会社(後の伊久美銀行・現二俣公会堂)を設立するなど幕末から明治にかけて島田の茶業の発展に尽力しました。

静岡の茶業史は、江戸時代における島田の大井川中流域の山間部を中心に発展していきました。

武士の魂が今なお生き続ける日本一の「牧之原大茶園」

維新によって徳川慶喜公に仕えた幕臣達は、駿府に移り刀を置くことになり、士族は「守る為、生きる為」の戦いの刀を、鍬に持ちかえ緑茶を育てたのです。

島田市が誇る緑茶には、荒れ地で労苦にまみれながら根付かせた熱き思い「武士の魂」が込められています。

※島田市では、シティプロモーションの一環として、緑茶をテーマに幕末の武士と牧之原台地の開拓などを取り上げたミュージックビデオを制作していますので、こちらもぜひご覧ください!

深い歴史に育まれた島田市のお茶屋が、自信をもってお届けする新茶を是非お試しください。