1味2味も違う和歌山県産の柿! 【県認定エコファーマー】甘さが違う!とっても甘くなる生渋柿(平たねなし柿)あんぽ柿用 T軸枝無 約2.5〜3kg 約9〜18個 10月下旬〜順次発送(日付指定不可)-AP【art041】
お礼の品について
| 容量 | 生渋柿 約2.5〜3kg サイズ混合 |
|---|---|
| 消費期限 | 仕上がり後 常温保存:3日程度 冷蔵保存:1週間程度 冷凍保存:1ヶ月~半年 |
| アレルギー品目 | |
| お礼の品ID | 6947541 |
お申し込みについて
| 申込条件 | 何度も申し込み可、オンライン決済限定 |
|---|---|
| 申込期日 | 10/10まで |
| 発送期日 |
2026年10月中旬~11月上旬ごろ順次発送(日付指定不可) ※誠に申し訳ございませんが、沖縄・離島へのお礼品の配送はお受けできません。 ※事前にお申し出がなく、長期不在等によりお礼の品をお受取りできなかった場合、再発送はできません。あらかじめご了承くださいませ。 商品が到着致しましたらすぐに開封後、できるだけ涼しいところで保管頂きお早めにお召し上がりください。 出荷の際検品後発送しておりますが、万一商品に問題がございましたら破棄やお召し上がりになる前にご連絡ください。 ※到着予定日から、3日以上経過したものや、破棄されたものにつきましては、ご対応することが出来ませんのであらかじめご了承ください。 |
| 配送 |
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こちらは、ご自身で干し柿やあんぽ柿をお作りいただける生渋柿です。
紀の川流域のかつらぎ町の中でも該当園地は特に果樹栽培に適しています。
そんな畑で栽培した柿は皆さまから次のような感想を戴いています。
渋柿だから皆同じと思っていたら、他所のとは全く違うとお褒めをいただいています。
是非一度お試しください。
☆あんぽ柿用渋柿☆(品種:平たねなし柿)
・平たねなし柿は渋柿で、元来種がありません。渋柿は干すことによって渋みが抜け、甘くなります。
・この柿は吊るすための枝がありませんので、ザル等の上で乾燥させてください。
(ザルと接地面の間に隙間を空けると乾燥が早くなります)
・表面に多少キズ等あることがありますが、味については特段影響はございません。
【カンタン♪干し柿(あんぽ柿)の作り方】
(1)干し柿作りは、朝夕が少し肌寒くなった季節以降に始めるのがbestですが、それより早めの晴天の直射日光下でもOKです。
(2)皮を剥きます。
(3)干す前に熱湯で煮沸します。←必須では有りません(熱いので取り出す際はご注意ください)。
(4)湿気の少ない、風通しの良い場所で乾燥させて完成です。
(5)乾燥方法:ザル等の上で天日干し。
太陽光等で表面を急速に乾燥させます。表面が乾いてシワが目立ってきたら完成です。中が半熟卵のようにトロ~として美味しいです。(皮剥き後の3分の1くらいの重さが目安です)
*出来上がりの目安はもんで芯が無くなればOKです。
#タネがない柿(平たねなし柿、ヒラタネナシ柿、平タネ無柿、平核無柿)
・【もしもカビが生えてきたら…】
カビが生えてきたら、台所のまな板等を除菌する際に使用するエタノール(エチルアルコール)を吹きかけてください。
こちらのお礼品は串本町とかつらぎ町の共通返礼品となります。
※配達日はご指定いただけません。
※サイズをご指定いただけません。予めご了承ください。
※天候諸事情により配達時期が前後する場合がございます。
※予期せぬ天候不順や自然災害などにより良品確保が困難な場合、代替品への変更をお願いする場合がございます。予めご了承ください。
※干し柿やあんぽ柿の完成品はお送りいたしません。
| カテゴリ |
果物類
>
柿・栗
>
柿
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- 自治体での管理番号
- art041
串本町について
串本町は、本州最南端の町として知られている町です。
ー自然に囲まれた串本町ー
海岸線は複雑な形のリアス式海岸で、海の浸食を受けた不思議な形の岩が多く存在しています。
特に有名なのは国の天然記念物に指定されている「橋杭岩」です。
大小40余りの岩柱がそそり立っており、その姿は橋の杭の部分だけが経っているように見えます。
黒潮によって暖められた海中には、南国のような美しいサンゴ礁が広がっており、
その光景を見るためにダイビングに訪れる人が大勢います。
大規模なサンゴ礁の中では世界最北端の場所に位置している、
温帯と熱帯が混じった珍しい環境であることからラムサール条約に登録されています。
ー串本町とトルコの友好関係ー
明治23年
日本から帰国途中のオスマン・トルコ帝国の親善大使600名以上が乗船していた船、
エルトゥールル号が台風のため串本町沖で座礁するという事故がありました。
この事故は日本で最大規模の海難事故として知られています。
事故の際に救助を行ったのが串本の大島の住民でした。
住民たちの懸命な救助活動により、翌年には生存した69名が帰国することが出来ました。
昭和60年
イラン・イラク戦争が行われていた当時、
出国しようとしていた200名以上の日本人が満席のためイランの空港に残されてしまいました。
安全が確保できないと日本からの救援も来ない中、助けてくれたのがトルコ共和国でした。
2機の救援機がトルコから救援に訪れ、残された日本人を日本まで送り届けたのです。
イランには、トルコ人も多く在住していましたが優先的に日本人を航空機に搭乗させ、
自分たちトルコ人は1週間をかけ、陸路で帰国しました。
トルコではエルトゥールル号の出来事がずっと語り継がれており、約100年後にその恩返しとして日本人を救ったのです。
その後もお互いに支援しあい友好関係が続いています。
慰霊碑の設立や、トルコとの共同映画製作によってトルコと串本町の友好関係は後世に伝えられています。
和歌山県 串本町