但馬牛の最高峰「但馬玄」を生んだ、牛への愛情と矜持「上田畜産」

苦難の末に生まれた奇跡の餌

上田畜産の肥育を語る上で欠かすことのできないトピックが餌へのこだわりである。通常、肉牛の飼料に使われる素材は大麦、ふすま、トウモロコシなど。しかし、ここではより低カロリーで牛を健康に保つ素材を追求した結果、そば殻、ごま、粟、Non-GMO（非遺伝子組み換え）のトウモロコシを独自配合した飼料を与えている。これが、不飽和脂肪酸の割合を大幅に増加させ、口どけがよく胸焼けしにくい脂をつくる。一般的な肉牛の脂の融点が約28℃なのに対し、但馬玄は12.4℃と半分以下の温度で、その口あたりはマグロの大トロを彷彿とさせる。「但馬玄＝たじまぐろ」というブランド名が付けられたゆえんである。中でもロースのうす切りは、脂の融点が低くとろける肉を最も楽しめる部位のひとつ。肉質はきめ細かく、長期肥育ならではの柔らかさを堪能できる。脂肪が霜降り状に分散し、とろける食感と豊かな味わいはまさに高級部位といえる。

「牛の健康を第一に考えた結果、たどり着いた」という餌。これが生まれた背景には、創業者である上田伸也さんの忘れられない経験がある。ある日、自身が育てたA5ランクの神戸牛を食べたとき、脂の“くどさ”に驚いた。そこで、あっさりと食べやすい脂の牛を育てるべく、餌の改良に着手。しかし、原因不明の病気が蔓延してしまい、偶然にも試験的に開発していた別の穀物飼料を与えていた牛だけが健康を保っていたのである。これを見た上田さんはさらなる試行錯誤の末に理想的な穀物の配合を見出し、但馬玄が世に送り出されることとなった。この究極の但馬牛の中でも、サー（sir）の称号を持つ高級部位のひとつがサーロイン。長期肥育とこだわりの餌が生み出す柔らかい肉質と、あっさりと食べ続けられる脂の旨味はステーキ用の部位として特に人気が高く、とろける食感とジューシーな肉汁は、まさにsirと呼ぶに相応しい。

牛への愛情から生まれた
仕組みの数々

牛舎に足を踏み入れると、臭いが少なく、どこか清潔感が漂っていることに気づく。その秘密は牛舎の床に敷く敷料（しきりょう）で、牛たちの糞とおが粉を混ぜたものを発酵させた戻し堆肥を利用している。これが牛舎を体に優しい菌で満たし、牛たちを病気から守ってくれるという。健康的な餌を食べ、健康的な糞を出し、それが体に優しい土として戻ってくる。牛をいたわる気持ちが生んだ見事な循環である。さらに、妊娠した母牛の健康を保つ秘密があると聞き、近くのスキー場へ向かった。訪れたのは夏。雪の代わりに草がうっすらと覆うゲレンデでは母牛たちが放牧されていた。「妊娠中の牛は、夏の間だけここで放牧します。牛にとっては妊娠中の運動不足とストレスを解消になり、スキー場にとっては夏場の雑草対策になるのです。」地域とウィンウィンの関係を保ちながら、出産を健康な状態で迎える秀逸な仕組みが築かれていた。

畜産業界では、母牛を妊娠させて子牛を生ませる「繁殖」、子牛を成牛に育てる「肥育」を分業するのが一般的である。それぞれに高い専門性が求められるため、両方を一貫して手がけるのは難しいといわれるが、上田畜産では繁殖、肥育、さらには加工・販売まで一貫した体制を構築している。これらを両立させたのは、他でもない上田さんの研究意欲と、それを支える牛への愛情である。その肥育技術には称賛の声も多く、獣医が教えを請いに訪れるほどだという。

格付けに左右されない
確固たる矜持

牛への惜しみない愛情が育てた但馬玄のブランド。さぞ、高い格付け評価を得ていると思いきや、意外なことに「格付けにはこだわっていない」という。もちろん、同社が育てる牛の多くがA5ランクや「神戸ビーフ」などの基準をクリアしている。しかし、追求しているのはあくまでも牛の健康。実は但馬玄の融点の低い脂は、ときとして格付けには不利に働く。融点が低いと、屠畜から格付け審査までの間に脂が冷えきらず、サシがきれいに浮いてこないこともある。それでもこの脂質にこだわるのは、あっさりと食べやすく、本当に美味しいと思える牛肉を提供したいから。例えば、赤身部位の焼肉用には主にモモ肉・ウデ肉を使用。長期肥育が特徴の但馬玄はまるで熟成肉のような旨みを持ち、不飽和脂肪酸を多く含む脂からは、体に優しい滋味があふれる。