身の回りの様々な「祝い」に寄り添うお酒造りを続ける、笹祝酒造 インタビューvol.4
「地」にこだわり続けた酒蔵の歴史
旧北国街道の「松野尾」という宿場町が併合し、現在は新潟市西蒲区になった場所に酒蔵を構える創業1899年の笹祝酒造。
元はお茶屋さんを営んでいました。その当時一緒に販売していたお酒もたいそう売れていたため、酒蔵をやろうと初代が清酒製造業の免許をとったのが笹祝酒造の始まりです。
長い歴史を持つ笹祝酒造ですが、昔から現在まで「地元の酒蔵笹祝酒造」を貫いてきました。かつての新潟清酒ブームの際、他の酒蔵はこぞって東京に出荷していました。しかし笹祝酒造は地元の人が飲むことが優先と県外に出すことはなく、地元を大切にしてきました。そして現在も酒米をすべて新潟市産米に変え、「地元」のものにこだわり続けています。
「祝い」はこれからどんな世界になっても、身の回りにたくさんあるもの。小さい祝いや大きい祝い、様々な祝いがあります。明るい場所、お祝いの場所、めでたい時に飲んでもらう祝酒を突き詰め、造り続ける笹祝酒造。
想いが詰まった笹祝酒造のお酒は地元の人に愛され続けています。
祝いの席を華やかに彩るお酒
数ある笹祝のお酒のラインナップの中でも目を引く真っ赤な箱が特徴の純米大吟醸越淡麗。このお酒は、新潟市の西蒲区で作られた越淡麗という酒米を100%使用しています。越淡麗は新潟県で開発され、新潟県のみで生産、使用できる特別な酒米。越淡麗がデビューして以来、醸造試験場、各酒蔵や農家で栽培適正やいろんな実験や醸造適正を試しながら、少しずつ進化させてきた情熱の塊の酒米です。真っ赤な箱にした理由も農家さんの情熱を表現したかったからだそうです。 このお酒は親戚で集まってお寿司を食べる時や、いいお刺身買ってきたから飲もうという時に飲んで頂きたいです。
場がぱっと華やかになるお酒は緑の箱の純米大吟醸竹林爽風。「夏子のお酒」のモデルとなった、栽培がとても難しい特殊な酒米「亀の尾」を使用しています。 前社長の時代、松野尾の農家さん達の「自分たちの作ったお米でお酒を造って欲しい」という願いから亀の尾を使用したお酒をつくるようになりました。
コロナ過に開発した祝吹・多酸(イエローラベル)はしゅわしゅわしたスパークリングの日本酒です。コロナ化で祝いのタイミングをことごとく奪われ、さらにはお酒を敵視する空気さえあり、日本酒蔵の立ち位置に悩んだ時期があったといいます。 でもいつかコロナが終わって、みんなで大きい声で乾杯できるとなったときに最高の祝酒で乾杯したいという想いから開発を行いました。
誰からも愛される酒造を目指して
酒蔵を入ると一番に出迎えてくれるパンダのかわいいキャラクター。お酒を飲めない人からも親しまれる、そして家族連れでも訪れられる日本酒蔵を目指して6年前程前から登場したそうです。
「お仕事中、車の運転、妊娠中、健康状態が悪いなどの理由からお酒を飲める人決して多くない中で、日本酒を嗜好する人はほんのわずか。特に今小さいお子さんがいるご家庭で冷蔵庫に日本酒が入っているご家庭ってレアだと思います。このように生活圏内に日本酒がない子供が20歳になったときに、そういえば小さいころ酒蔵に行ったよな、お父さんお母さんが美味しそうに日本酒を飲んでいたちょっと飲んでみようかなと思えるきっかけを作りたいです。そして春からは麹の教室、麹造り体験や塩こうじワークショップお酒も飲めない人も楽しめるアトラクションを企画していきますので、家族連れで日本酒蔵に遊びに来て頂きたいです。」と笹口さん。
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笹祝酒造は、新潟市で120年続く酒蔵で、地元の人に愛され、ほとんどが地元で消費されている地酒です。 コロナもあり、酒造業界がとても厳しい状況ではありますが、祝酒としてお酒を造っているので、みなさんの小さい記念日でも大きい記念日でも何か幸せな時があったときにぜひ一緒に寄り添わせてください。