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【重要なお知らせ】10月からのふるさと納税制度改正に伴う変更点について

ART 4 HOMETOWN INTERVIEW

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INTERVIEW

ひとつの作品から広がる
瀬戸市の未来
豊かな循環を目指して

穴山大輔・穴山文香 DAISUKE ANAYAMA & FUMIKA ANAYAMA

愛知県瀬戸市

ひとつの作品から広がる瀬戸市の未来 豊かな循環を目指して 穴山大輔・穴山文香
*陶芸家の穴山大輔さん・文香さん
*愛知県瀬戸市仲洞町の「窯垣の小径」にて。「窯垣」とは古い窯道具を積み上げて作った塀や壁のことで、やきもののまち瀬戸だからこそ生まれたもの。

愛知県瀬戸市は古くから「やきもののまち」として栄えてきた。陶磁器を総称する言葉「せともの」は「瀬戸でつくられたもの」に由来すると言われている。質の高い土と職人の技術が交差するこの地に、夫婦で営む陶芸の窯元SUIYOがある。代表は陶芸家の穴山大輔さん・文香さん。大輔さんは大学卒業後から瀬戸に身を置いて陶芸の道を切り拓くことを決意し、愛知県出身の文香さんは結婚を機にこのまちへ移り住んだ。
彼らが生み出すのは、日常使いの器から土地への敬意を内包した「アート」としての作品まで、さまざまなかたちの「やきもの」で多くの人を魅了している。瀬戸がいかにして彼らの創作を育み、支えてきたのだろうか。

瀬戸市ならではの出会いから広がった表現

近年、全国各地の展示で人気を集めているのが、文香さんが手がける「招き猫」の作品だ。王道の招き猫とは一味違う独創的な絵付けがひときわ目立つ。招き猫の作品群は、その造形のみを活かし、縁起物としての因習的な解釈を離れることを促す試みだ。自らの思索を図像として描き込み、古くから親しまれてきた象徴像の見え方に変化を与えることを目的としている。「一般的に定義される意味や価値が揺らぐことで、鑑賞者の中に小さな驚きや違和感が生まれ、そこから新たな視点が立ち上がることを目指しています」。

穴山文香01

作品が生まれた背景には、瀬戸ならではの出会いがあった。「もともと絵を描くのが好きで、窯元で制作する器に絵を描いたり彫ったりするようになりました。ただ、器という用途があるものに対して私の描く絵柄があまり合わなかったのです。もう少し自由に描いてみたいと思っていた矢先に招き猫と出会いました」
瀬戸市は招き猫の有名な産地だ。明治30年代に量産できる環境と職人の技術がそろったことで、瀬戸の招き猫はまたたく間に有名になった。瀬戸には招き猫の素地*を扱う専門業者も存在するほどだ。機能性の枠を飛び出して、より自由な表現を求めていた文香さん。「招き猫シリーズは瀬戸市にいなければ生まれなかったかもしれないですね」と言う取材者の言葉に頷く。

*素地とは陶磁器の原料である粘土を成形し絵付け前の状態にしたもの

穴山文香02

交流を通して深めていった陶芸への思い

大輔さんも、窯元としての器を制作するほか、個人の活動として「だるま」シリーズなど独自の造形美を追求した作品と向き合っている。彼にとってだるまの作品群は、いわゆる縁起物としての存在ではなく素材そのものが立ち上がるための形だと言う。土や釉薬に炎など、素材が導いた必然をそのまま形にし、自分の意図を超えて現れた「もの」としての存在を表現している。
彼の制作の根底にあるのは、古伊万里などの骨董や陶芸から学んだ素材への敬意と、かつて日本人が焦がれて真似た唐物への深い愛情だ。しかし、最初からこれらに詳しかったわけではない。

穴山大輔03

「瀬戸に来てからたくさんの先輩作家にお世話になりました。先輩方は、ただ陶磁器をつくるだけではなく、骨董への深い尊敬があって。一方で自分は伊万里焼と瀬戸焼の違いも分からず知らないことばかりでした。先輩方の話についていけない悔しさから勉強を続けたことで、自然と知識や見る目が身についてきました」
先輩作家たちとの交流の中で陶芸への思いを深めていった。
「骨董のことだけではありません。やきものは考古学や地学と切っても切り離せないため、その分野にも知見をもつ作家がたくさんいます。先輩方や仲間から教えてもらううちに、知識が広がり見る目も養われました。そうして、評価されてきたものを目指すのではなく、同じぐらい評価してもらえるようなものを作りたいと思うようになりました」

穴山大輔04

どこで土が採れて、なぜその色になるのか。突き詰めると考古学や地学にも行き着くのがやきものの奥深さでもある。先人たちの歴史に敬意を払い、現代のアートへと昇華しようとする彼の姿勢は、瀬戸の先輩作家や仲間の影響によって磨かれていった。

背中を押してくれた瀬戸市の存在があっての今

まち全体の面倒見の良さが彼らの活動を後押ししてきた。出発点となった窯元の工房もまちの人からの紹介だった。まちの人に助けてもらってきた恩が彼らの原動力になっている。大輔さんは「外から来た人間ですがたくさん助けていただきました。この場所で仕事をつくって恩返ししたいという気持ちがありますね」と意気込んだ。
瀬戸市の凄みは、まち全体としての面倒見の良さだけではない。行政が制作活動に取り組む人を全面的に支援する取組を続けてきていることだ。瀬戸市企画部政策推進課の杵築洋輔さんによれば、瀬戸市は「ツクリテ支援」に力を入れているそうだ。

瀬戸市企画部政策推進課の杵築洋輔さん
*瀬戸市企画部政策推進課の杵築洋輔さん

せとまちツクリテセンターは、「ツクリテ(作り手)」の活動を広げるための施設で、瀬戸市内で活動している人は誰でも利用できる。作品制作や販促活動、さらには確定申告や補助金の相談まで、ツクリテが一人で抱え込みやすい悩みを包括的に支援している。
「最初の一歩でつまずきそうなことが気軽に相談できる場所です。たくさんのツクリテが集まるので横の繋がりも生まれます。活動において孤立しないことが重要だと思っています。作家活動を続けていくためには事業としてのステップアップも見据える必要があり、それらを一人で考えるのは負担が大きいです。知識がないと対応できないこともありますしね。こういったことを瀬戸市として支援しています」
瀬戸市には制作活動を支援する施設のほかにも、起業支援の「せと・しごと塾」やツクリテの創業を支援する補助金など、事業支援に近い制度にも注力している。実際に彼らも事業支援プログラムを余すことなく受講して活動につなげてきた。「行政からの支援は本当にありがたいです。講義も何回にもわたって受講しました。作ることは誰かに教えてもらえても、仕事にすることは誰にも教えてもらえないですからね」と言う。

穴山大輔・穴山文香06

作家活動を生業にしていく道筋をまち全体で支援する。その支援の賜物がやがてまちの一部になる。瀬戸市は直接的に「ツクリテ」を支え、まちの風土や文化を醸成しているのだ。

原動力は瀬戸市への「恩返し」

瀬戸市とともに歩んできた彼らが、文化投資型ふるさと納税「ART 4 HOMETOWN(アート・フォー・ホームタウン)」に参画している。通常の作品発表とは異なりWeb上での取組だが、より多くの方に作品を見てもらえる機会として快諾したと言う。ほかでもない、瀬戸への恩返しの気持ちからだった。

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「僕も妻も工房自体も、ずっと瀬戸市に助けられてきました。作家として売れない時期もありました。芽が出ないときも、日が当たるようになったときも、ずっと助けていただいてきたから。私たちがこの取組にかかわることで、瀬戸市に恩返ししたいと思いました」
アート・フォー・ホームタウンは、地域にゆかりのあるアーティストによるアート作品をふるさと納税のお礼の品として届けることで、文化や芸術を未来へと繋ぐ新しい寄付のかたちだ。寄付者が寄付金の使い道を自由に選べる。彼らが願うのは、未来ある子どもたちへの支援だ。

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「子育てしている身としては子どもへの支援が充実すると嬉しいです。私たちの作品を通じた寄付がゆくゆくは子どもたちに循環していくことを願っています」と文香さんは言う。また、子どもの通う学校で瀬戸市のことを学ぶ授業が開かれ、自分たちの作家活動が紹介されたこともあった。「子どもが、パパとママの写真が出てきたよ、と喜んで報告してくれました。子どもも私たちの作家活動を理解してくれているように思います」と笑みを浮かべた。
瀬戸市の杵築さんはこのように語る。「お二人のようなおもいをもって活動されている方がいることは、われわれ職員にとってもやりがいになっています。ふるさと納税では、どうしても量産できるものが扱いやすい側面があります。しかし、瀬戸市には一点ものの作品を手がけるツクリテがたくさんいることも広く伝えたいと思っていました。多くの方に瀬戸市のツクリテのことを知っていただき、ぜひものづくりのまち瀬戸市を体感しに足を運んでほしいです。ツクリテの存在を市内外に広く発信することで、こうした豊かな循環が生まれていくといいなと考えています」

彼らの恩返しの物語はこれからも紡がれていく。

先人たちが築いた歴史の地層の上に立ち、まちの人々に背中を押され、二人は今日も新たな表現を生み出し続ける。温もりに包まれた瀬戸で、彼らの恩返しの物語はこれからも紡がれていく。

穴山文香さんの作品一覧

穴山大輔さんの作品一覧