災害代理寄付のはじまり ~熊本を助けたい、強い思いが生んだ災害支援の新しい形~

熊本地震を受けて、国内で初めてふるさと納税の代理寄付を実施し、約1億1000万円の寄付金を熊本に届けた、茨城県境町の橋本正裕町長。前例のない仕組みを作り、継続的な被災地支援を行う橋本町長と、ふるさとチョイスの運営会社、トラストバンク創業者の須永珠代に、当時の思いや災害支援、ふるさと納税についてお話しを伺いました。

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前例のない「代理寄付」に取り組む


——境町は熊本地震の本震後にすぐ、今まで前例がなかった「ふるさと納税の代理寄付」を思いつき、即座に実行されました。代理寄付を思いついたきっかけと、何にそこまで突き動かされたのかを教えて下さい。


橋本
:境町は、2015年の関東・東北豪雨で20億円を超える被害に遭った地域です。だけど、被災地としてクローズアップされるのは分かりやすい常総市ばかりで、被害のあった境町や隣町には、あまりお金が入ってきませんでした。


そんなとき、ふるさと納税で全国の方から「お返しは要らない」と約2000万円もの寄付が集まり、本当に助かったんです。境町は小さな自治体ですから、同額を自力で捻出しようとしても、正直難しい。だけど、ふるさと納税の仕組みと、多くの方からの好意によって助けられた経験がありました。


熊本地震は、朝方のニュースでリアルタイムに見ていました。午前中、議長と県庁へ行く途中、何か支援できないか、すぐにでも熊本の助けになることをしなければと強く思いました。東日本大震災による被害の酷さと復興スピードの遅さは知っていましたので。


そこで思い出したのが、関東・東北豪雨のときにふるさと納税で助けられたこと。ただ、この仕組みを活用したとき手間になるのは納税証明書の発行です。被災した地域の役所は発行業務に労力を割けません。それなら、どこかが代理で受付をすればいいと考えて、すぐ須永さんに電話しました。その日のお昼過ぎには、寄付ページがオープンし、そのスピード感には感謝しています。

写真提供:熊本県益城町

 


須永
:はじめは、トラストバンクで寄付を受け付けてくれないかという相談だったんですよね。だけど、自治体じゃないと納税証明書を発行できないことを伝えると、「それなら境町が代理で受け付ける」と、町長は即決でしたね。私も代理寄付という発想はなかったから、驚きました。前例のない代理寄付に取り組むことに対して、リスクは考えました?


橋本
:この件は、僕が町長であるという、境町の特殊性が大きく関係していると思います(笑)。いい意味でのトップダウンですね。熊本で地震が起こり、日本の誰もが「何か助ける手段はないのか」「国は早く動かないのか」と思ったはずです。僕も同じで、何かしたいと思う気持ちの方が先でした。


代理寄付をすれば、熊本の人も職員も助かるだろうし、寄付金を被災地支援に使えます。自分のリスクよりも、熊本のことを考えて、手続きよりも何よりも、助けたいと思いました。


須永
:その行動力には頭が下がる思いです。議会には事後報告だったと思いますが、反応はどうでしたか?


橋本
:報道で取り上げられたのが大きかったと思いますが、境町の人も議会の人も、「よくやってくれた」という反応でした。よく思いついたね、と。土曜日で役場が動いていない中でしたが、いろんな人に助けられました。


——境町の取り組みを見て、追随する自治体が増えました。その結果、境町は約2週間で代理寄付のページを閉じられていますが、そこにはどんなお考えがあったのでしょうか。


橋本
:熊本を助けたい・業務を代行したいと思って始めたわけですが、窓口が増えると、逆に被災地が大変になってしまうと思いました。寄付をする人からしても、窓口が多いとどこに寄付をしたらいいのかわからず、金額も少額になってしまうかもしれないという懸念もあった。だから、他の自治体も始めたことで、境町は代理寄付を辞退しました。結果的に、4月16日から30日までの15日間でしたが、集められた寄付は1億1000万円超。どこよりも多くを集められたと思います。


須永
:40を超える自治体が追随しましたね。私も最初はすごく迷いましたが、あまりにも問い合わせが多くて、どの自治体も助けたいという強い気持ちを持っていたから、途中から制限をなくしたんです。


橋本
:前例のないような、飛び越えるのが難しそうなハードルでも、一つの自治体が飛び越えると、みんなができるようになるんですよね。特に境町はハードルが低いからいろんなことができます。周りの職員は大変でしょうけど(笑)。それでも、やるべきことを適切なタイミングで実行することで、自治体を牽引できるのかなと思っています。

一度きりではなく、継続した支援が大切


須永
:熊本へはその後も継続して支援をされていますよね。


橋本
:もちろん。熊本県内の事業者を支援するために、境町へのふるさと納税のお礼の品に熊本の特産品を提供したり、道の駅で九州の特産品を販売したり。このほかにも、熊本市への職員派遣やチャリティーゴルフ大会、熊本への団体旅行など、継続した支援を続けています。


今年は、境町の住民120人を熊本ツアーに連れていきます。馬肉を食べて、地元の事業者や熊本城を見学し、温泉に入って、観光や交流をする2泊3日の旅行。ふるさと納税を財源にしているので、個人の負担額は格安で1人3万円です。その代わり、町民の皆様には熊本でお土産を買ったり、飲食をしたりすることで、熊本でお金を使ってもらいたいと考えています。

熊本県の事業者からの声

・株式会社千興ファーム
境町からお話をいただいたのは地震後まもなくでした、弊社は震災で社屋が被災し生産が困難な中、わざわざ熊本までお越しいただきました。「多くの方に熊本の馬刺しを届けたい!」そんな気持ちで弊社も復旧に努め、少しずつですがお客様へ納品できるようになりました。納税者様からのご注文も多くいただき、また境町のみなさまのご協力もあり、前向きに進んでおります。これから皆様への恩返しも兼ねて美味しい馬刺しをお届けして行きたいと思っております。ありがとうございます。

・熊本ホテルキャッスル 銀座桃花源
当店は熊本ホテルキャッスル直営のレストランです。ホテルキャッスルは熊本城のすぐ側に位置し、今回の地震により多大な被害を受けましたが、復興に向けて社員一丸となってがんばっております。境町役場におかれましては、いち早く熊本復興支援に取り組まれ、町ぐるみで応援していただき、大変感謝しております。また多くの納税者の方にご利用いただき、励ましの言葉もたくさんいただきました。中には、2回、3回と納税していただいた方もいらっしゃいます。今後とも復興に向けてがんばっていきますのでどうぞよろしくお願い申し上げます。

寄付者からの声

・熊本県の1日も早い復旧・復興を願っています。境町の迅速な対応に感謝申し上げます。
・阪神淡路大震災を経験しましたので、とても心配で心が痛みます。ほんの気持ちですがお役に立ててください。
・1日も早い復興を祈ります。故郷の境町が画期的な取り組みをしたことを誇りに思います。

他、約2000件。

先陣を切って、前例を作る


——前例がないことへの取り組みが、他にもあれば教えてください。


橋本:いくつもありますよ。その一つとして、今年度は「水害避難タワー」を作ります。津波の避難タワーは国が認めていますが、川が決壊したときなど水害で避難するためのタワーは今まで認められていなかったんです。関東・東北豪雨での被害は大きかったし、水害で被害者を出したくない。特に、利根川が決壊すると庁舎は5メートル以上浸水すると考えられています。


災害から2年が経ち、ようやく国に認められたので、国内唯一のタワーを作れることになりました。この財源にはふるさと納税からの収入を充てます。境町がこうした前例を作ることで、たとえば常総市でもタワーを作るかもしれませんよね。ぜひ、大きな川沿いの自治体は作って欲しいと思っています。


須永:町長のアイデアは、どこから出てくるのでしょう?


橋本
:よく聞かれるんですけど、ひらめくんですよね(笑)。ふるさとチョイスは毎日かなり見ていて、何が売れるのか、境町が他に売れるものはないかというのは常に考えています。原石を見つけて磨き、発信している自治体は、平戸にしても上士幌にしても、地域が活性化していますし、人口も増え始めていますよね。


ふるさと納税のありがたさは、災害支援や地域の活性化がちゃんとできること。お礼の品を送るのは悪ではなく、それによって地域が活性化している現実を知って欲しいですね。

ふるさと納税で活性化している事実を伝えたい


須永
:ふるさと納税の本来の意義は、地域支援。地域の産業支援に役立っている実感はありますか?


橋本
:ものすごく役立っていますよ。農家の若い後継ぎたちが、新しい商品を作って起業していますからね。国のお金を使わないで地域が活性化する制度は今までありませんでした。境町の養豚業者も、ふるさと納税によって直接売れる販路を開拓できたことで、黒字化するようになったんです。結果、年間150キロもの豚肉を無償で給食センターに送ってくれるなど、地域が活性化する一助になっています。


須永
:ふるさと納税の市場はまだまだ小さいので、これを大きくすることで地域活性化に貢献したいと思っています。


橋本
:そうですね。お礼の品をもらうのがよくないとか、東京都心部からお金が流れているのがよくないとか言われていますが、私たちは都心に感謝しています。本当に助かっている人や事業者がたくさんいるんです。


しかも、境町はふるさと納税がきっかけで、社会増になりました。今までずっと転出者が多かったのですが、昨年は転入者が逆転しました。


須永
:その決め手は何だと思いますか?


橋本
:子育て支援だと思います。学校給食費の補助や、20歳までの医療費無料化、子育て・新婚世帯への奨励金など、新しい施策が次々とできるようになりました。今年は民間と協働しながら教育にも力を入れるので、人口は緩やかに回復すると思っています。


その一環で、フィリピンから3人の教員資格を持った先生を町で雇用し、小学校1年生から6年生まで、毎日45分間英語を学ぶ環境を作ろうと考えています。それも、単純に英語の授業をやるのではなく、体育や給食の時間に英語を取り入れます。モデル校での取り組みが成功
したら、来年からは雇用者を増やして全校に展開していきます。予算は1億円。これも、ふるさと納税が財源です。


ふるさと納税は、正しく活用すれば、いただいた寄付金で新しい事業に取り組めるようになります。子どもからお年寄りまですべての住民と地域にとってプラスが生まれ、自治体は必ず変わります。事業者にとっても、売れないと思っていたものが売れるようになり、起業家や雇用が増え、人口も増えます。


熊本支援も地域の活性化も、ふるさと納税がなければできなかったこと。この事実を多くの方に知ってもらいたいですね。