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菖蒲田海水浴場隣接地に東日本大震災の津波被害と教訓を未来へ伝え、復興事業の完了を記念した希望のモニュメントを制作したい!

宮城県七ヶ浜町 宮城県七ヶ浜町

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寄附募集期間:2018年10月22日~2018年12月31日(71日間)

寄附金額
70,000
支援人数
6
達成率
7.0%
目標金額
1,000,000円
終了まで
40日 / 71日

宮城県七ヶ浜町

プロジェクトオーナー

七ヶ浜町の菖蒲田海水浴場は明治21年(1888年)に東北地方で初めて開設されました。菖蒲田海水浴場に隣接するモニュメント設置予定場所の眺望崎には、大東館といわれる保養施設が建てられていました。当時の海水浴は海水浴(うみみつあみ)と言って病気の治療のために行われており、この大東館には作家の宮沢賢治や島崎藤村も訪れたという記録があります。

この大東館跡地に都市公園(津波防災緑地)を整備し、東日本大震災復興メモリアルモニュメントを設置することで、東日本大震災の津波被災の教訓及び歴史ある菖蒲田海水浴場に大東館が建てられていたことを未来へ伝えること、併せて、甚大な被害をもたらした東日本大震災からの復興事業完了式典においてモニュメントを披露することで当町の復興を町内外へ広く発信することを目的とします。

宮城県七ヶ浜町

七ヶ浜町は宮城県のほぼ中央部、仙台市の東側に位置しており、北は松島湾、東と南は太平洋と三方が美しい海に面しており、西側は塩竈市、多賀城市、仙台市に隣接している半島状の町です。
人口は、18,983人(平成30年1月1日現在)、面積が13.19㎢と東北・北海道地方で最も小さい町です。町の特産品としては、海苔、あわび、ウニ、カレイ、ボッケ(カジカ科の一種)など豊富な海の幸がたくさんあります。

GCFプロジェクト進捗情報一覧

現在進捗情報はありません。

東日本大震災の記憶を風化させない。

未来へ伝えるメモリアルモニュメント

七ヶ浜町は東日本大震災の大津波により、町の面積の36.4%が浸水しました。12.1mの大津波は、尊い命、住宅や財産を一瞬にして奪い去りました。ライフラインが遮断され6,143名が36箇所の避難所で余震が多発する不安な日々を過ごしました。町内7か所に421戸の応急仮設住宅が整備され、被災した方は避難所から応急仮設住宅での生活が始まりました。

その間、町では災害公営住宅の整備、防災集団移転事業や土地区画整理事業など復興事業をい、平成29年3月に応急仮設住宅を解消しました。まだまだ、復興事業の途中ではありますが、少しづつ賑わいを取り戻しつつあります。

災害公営住宅 入居者の集合写真

また、モニュメントの設置予定場所は、明治21年(1888年)に東北地方で初めて開設された菖蒲田海水浴場の隣接地で、大東館という保養施設がありました。当時の海水浴は海水浴(うみみつあみ)と言って病気の治療のために行われており、この大東館には宮沢賢治や島崎藤村も訪れたという記録があります。

平成32年度には復興事業を完了する予定となっています。東日本大震災メモリアルモニュメントを設置することで、震災の記憶と教訓を未来へ伝え、復興事業の完了を記念し、多くの人々が集う希望のモニュメントになるよう整備するものです。

平成32年春の復興事業完了式典を目指して ~復興へ支援していただいた方々へ感謝を込めて~

2018年 モニュメント制作者決定
2019年 モニュメント制作開始
2020年 復興事業完了式典でモニュメント除幕式(予定)

平成32年春の復興事業完了式典を目指して ~復興へ支援していただいた方々へ感謝を込めて~

 

太平洋が一望できる大東館跡地の都市公園にモニュメントを

東日本大震災の記憶と教訓を未来に伝える

モニュメント設置場所(2018年3月24日撮影)

東日本大震災復興メモリアルモニュメントを設置するにあたり、庁内の関係者でプロジェクトを立ち上げ、候補地を訪れモニュメントの設置場所を検討した結果、眺望崎である大東館跡地に決定しました。今後、モニュメントの完成まで関連事項について検討していきます。

モニュメント設置場所の眺望崎である大東館跡地からは、菖蒲田海水浴場や日本三大避暑地である高山外国人避暑地を見ることができます。また、国際貿易港である仙台港が近く、フェリーや大型貨物船等の往来が間近で見える場所でもあります。この太平洋が一望できる大東館跡地には復興事業で都市公園が整備されました。 

この場所にモニュメントを設置することによって、海を眺めながら東日本大震災の記憶と教訓を未来に伝える場所となり、また、遠い過去に保養施設の大東館で多くの人々が賑わったことを語り継ぐ場所として、東日本大震災復興メモリアルモニュメントのプロジェクトを進めていきます。

モニュメント制作者は彫刻家「嶋畑 貢」氏に決定!

嶋畑 氏の過去作品

制作者決定までの裏話

七ヶ浜町に復興を象徴するモニュメントを作成することになり、プロジェクトチーム内で最初にぶつかった壁が「制作者をだれにするか」という問題でした。チームのメンバーに選ばれたとは言え、芸術分野については全くの素人が大半を占め、造詣の深いメンバーは一名のみでした。

そんな中、素人なりに現地に赴き思案を巡らせ、どのようなモニュメントがこの町にとってふさわしいか、復興の象徴となり、過去と未来をつなぐようなテーマを叶えてくれそうな作家はいるのかとメンバー同士でディスカッションを重ていく中で、一人の彫刻家の名前が挙がりました。それが嶋畑 貢(しまはた みつぐ)氏です。

芸術分野に関して素人の我々が、名高い彫刻家の作品・作風について言及するのはナンセンスかもしれませんが(汗)、嶋畑氏の作品は、柔和で、自然体で、それでいて見る人、見る角度によって違う印象を与え、我々の持つイメージに最も近い形でそれを具現化してもらえるとメンバー一同、直感的に感じました。

偶然にも町長が、ある彫刻の作品展に訪れた際、とても印象付けられたという作品のポストカードを持っており、それも嶋畑氏の作品だったことから、何か深く強い繋がりを感じました。
おそらく嶋畑氏にとっては聞いたこともない東北の小さな町からの急な要請に対し、丁寧に応対いただいたうえ、制作に携わることへの大きな意思を感じ取ることができ、より一層、安心して同氏に復興のモニュメントの制作をお任せできると確信しました。

今後、作品のイメージを嶋畑氏と練り上げていくことになりますが、メンバーがモニュメントに込めたいと思うキーワードが「海」、「日常」、「歴史」、「未来・希望・伝承」といったものです。
2021年3月末の東日本大震災からの復興・創生期間の総仕上げとして、嶋畑氏の作品が我々の町に建立されることをメンバー一同はもちろんのこと、七ヶ浜町としても本当に心待ちにしています!

嶋畑 貢(しまはた みつぐ)氏プロフィール

【出生地】1952 滋賀県大津市
【最終学歴】1975 大阪芸術大学芸術学部 美術学科 彫刻専攻 卒業

【受賞歴】
1989
・第21回日展「波のささやき」特選受賞
・第19回日彫展「少女(長い髪)」日彫賞受賞
1991
・第23回日展「風の詩」特選受賞、平和堂財団 芸術奨励賞受賞
・滋賀県文化奨励賞受賞
1998 第8回秀明文化賞受賞
2008 第40回日展(第3科)「風の舞い」日展会員賞受賞

【収蔵・モニュメント等】
1982 大津市皇子山球場前にモニュメント「野球少年の像」を建立
1987 JR堅田駅前(大津市)にモニュメント「碧い湖」を建立
1988 草津市 彫刻のある街モニュメント「あゆみ」を建立
1989 長野県蓼科芸術の森美術館「若い女」収蔵
1993
・JR堅田駅前(大津市)に大津市ふるさと創生事業モニュメント
・「湖族の郷」青年の像を建立
2010 平和堂財団「風の舞」収蔵
2011 前大津市長山田豊三郎氏之像(浜大津)建立  その他数カ所

嶋畑 貢(しまはた みつぐ)氏プロフィール

 

忘れないで、語り継ぐ場所

震災の教訓とこの場所に保養施設大東館があったこと

菖蒲田海水浴場の震災直後の様子

菖蒲田浜地区は、七ヶ浜町の中で一番被害の大きかった地区であり、12.1mの大津波が、多くの人命や地区の2/3の住宅を流しました。

菖蒲田浜地区の震災直後の様子

あたりは一面の瓦礫で埋め尽くされ、白砂青松と言われた菖蒲田海水浴場の松林はなくなり、砂浜には仙台港から大きなコンテナがいくつも流れ着きました。

昭和の菖蒲田海水浴場

明治21年(1888年)に東北で初めて開設された菖蒲田海水浴場は、毎年夏になると多くの海水浴客で賑わっていましたが、震災後は、海水浴場は閉鎖され、人影を見ることはなくなりました。

ボランティアの方々の支援活動の様子

たくさんの瓦礫やコンテナは、全国各地から来ていただいた延べ8万人のボランティアの方々の支援があり、一つひとつ取り除かれました。そして、平成28年に10日間だけのプレオープンをして32,000人の海水浴客で賑わいました。平成29年には37日間の本格オープンし、平成30年には78,208人の方が訪れました。

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モニュメント設置予定場所は、菖蒲田海水浴場の隣接地で眺望崎と言われ、保養施設の大東館の跡地でもあります。かつてこの大東館が明治から昭和初期にかけて皇族、政財界人、文化人など著名人が数多く訪問し繁栄したことは、記録には残っていますが、人々の記憶からは忘れられつつあります。

この東日本大震災復興メモリアルモニュメントが、設置されることによって地域に溶け込み、震災の教訓を伝えるとともに、この場所に大東館が建っていたこと、明治時代から今日まで、多くの人々で賑わっていたことを地域の人たちとともに訪れて来てくれた方々に伝え続けることでしょう。

 

次世代へ伝えるモニュメントを

モニュメントを歴史的建物建築跡「大東館跡地」に建立

七ヶ浜町長 寺澤 薫からのメッセージ

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七ヶ浜町における東日本大震災メモリアルモニュメント計画に興味をお持ちいただきありがとうございます。七ヶ浜町は、宮城県の中央部、日本三景松島の南に位置し、三方を海に囲まれた4キロ四方にも満たない東北・北海道で面積の一番小さな町です。

本町は2011年3月の東日本大震災では97名もの尊い命が奪われ、町面積の36%に当たる4.8k㎡が浸水し、また、住家被害は全世帯の60%に当たる3,923世帯にも上りました。
復旧するにあたっては、全国の皆様のご支援を賜り、延べ8万人を超えるボランティアの皆様をはじめ、多くの心温まるご支援を賜りました。今日の七ヶ浜町があるのは、皆様方のご支援があってこそであり、私たちは皆様からいただいた「希望」を胸に今日まで頑張ってまいりました。
あれから7年半が過ぎ、おかげさまで私たちの町は、一歩一歩着実に復興に向かって歩んでおります。

さて、この度七ヶ浜町では、全国の皆様からこれまで受けたたくさんのご支援や激励のもとに、七ヶ浜の復興の象徴となる、震災の記憶を次世代に継承するため、モニュメントを制作することになりました。
建立場所は七ヶ浜町の歴史的建物の「大東館」の跡地です。「眺望崎」と呼ばれる菖蒲田海岸の西部に位置する岬に位置し、明治時代に活躍した宮沢賢治をはじめ夏目漱石、島崎藤村、土井晩翠ら、文化人や著名人たちが数多く訪れた場所であります。また、全国で三番目、東北で最も古いといわれる菖蒲田海水浴場は当時、海水に浸かり病を治療する「海水浴(うみみつあみ)」という治療方法により、たくさんの療養者が訪れた所でもあります。

震災より壊滅的な被害を受けた本町では復興が着実に進む中、未来へのメッセージを込めたモニュメントを建設し、これまでの歴史と、新たなる未来に向かって歩みだす七ヶ浜の姿を皆様に披露できればと思っております。
七ヶ浜の新たな門出を皆様とともにその歩みを共有できますならば、なによりの幸せでございます。

プロジェクトメンバーからのメッセージ

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七ヶ浜町は、三方向を海に囲まれた半島状の町です。仙台市の東に位置しており、面積は東北・北海道地方で一番小さい町です。サーフィンやヨットなどのマリンスポーツが盛んで、釣りを楽しむ方も多く訪れる町です。町の北側には日本三景松島を望むことができる松島四大観の一つ多聞山があります。

震災で大きな被害を受けましたが、海があり、山があり、砂浜があり自然あふれる癒しの空間がいっぱいの町です。この場所に次世代へ伝えるモニュメントを設置することで、訪れた人たちが海を見て、心を癒される場所となり、遠い昔の人々も大東館があったこの場所で癒されていたことを知り、次世代へ伝えるモニュメントになってほしいです。

 

七ヶ浜町からのメッセージ

東日本大震災は千年に一度といわれる大津波があり、甚大な被害を受けました。先人たちのの記憶はいつの間にか忘れられ、語り継がれることも無くなり、被害を大きくしたのかもしれません。

このモニュメントが震災の記憶と教訓を未来へ伝え、七ヶ浜町に多くの方々の支援をいただき、復興事業が完了したことを記念したモニュメントの設置に共感下さった方々に、心より御礼申し上げます。

また、お近くへお越しの際は、七ヶ浜町に来ていただいて、このモニュメントをご覧いただければ幸甚です。

お礼の品一覧