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山ノ内大勝軒

志賀高原のある山ノ内町は「つけ麺」の考案者で“ラーメンの神様”と呼ばれた故山岸一雄の生まれ故郷。 「いつかは故郷に大勝軒を」という故人の願いを受け継いだお店「山ノ内 大勝軒」の、中華そばと、もりそばです。

「山ノ内 大勝軒」の店主 田内川真介氏は、旧池袋大勝軒でラーメンの神様 山岸一雄さん(山ノ内町出身)のもとで修業し、山岸さんから「お前だけは、俺の味を変えるな。」と言われた唯一の弟子。
古くから親しまれた大勝軒の味を現在につないでいます。


山ノ内大勝軒のこだわりは、何といっても「志賀高原の清流」。
料理の基本は「水」。山ノ内大勝軒で使用するのは、標高2,000m級の山々からじっくりと濾過された湧水。
スープや麺からは志賀高原の清涼感を実感いただけます。


そして、こだわりの製麺機。
昭和30年、大勝軒の創業者である坂口正安氏(山ノ内町出身)が東京都渋谷区上原に創業した代々木上原大勝軒で65年間にわたり大勝軒の麺を作り出してきた製麺機です。

山岸一雄さん 1934年(昭和9年)4月28日-2015年(平成27年)4月1日
「池袋大勝軒」の創業者。日本におけるつけ麺の普及に広く貢献し「つけ麺の生みの親」また「ラーメンの神様」と呼ばれ広く親しまれた。
【経歴】
1934年・・・4月28日誕生、3歳まで山ノ内町で過ごす。
1938年・・・4歳の時に海軍所属の父の勤務先だった神奈川県横須賀市に転居。
1941年・・・7歳の時に父が戦死、生まれ故郷の山ノ内町に戻る。
1950年・・・中学卒業と同時に上京し工場で旋盤を扱う仕事に就く。
1951年・・・親の従弟であり、小さい頃から「兄貴」と慕っていた坂口正安に「一緒に店をやらないか」と誘われ、4月から東京都杉並区阿佐ヶ谷の「栄楽」で修業を始め、同年、坂口と共に「大勝軒」(中野店)を立ち上げる。後に坂口が代々木上原に本店を移設したことにより、山岸が中野店の店長を任されることになった。修行店時代からまかないとして「つけ麺」を食していたところ、それを見ていた客に「俺にも食わせろ」と言われ提供したところ、好評価だったことを受け、「これはウケるかもしれない」と常連客に試食させるなど試行錯誤しながら研究を行う。
1955年・・・4月1日「特製もりそば」として初めて商品化された。
1961年・・・池袋にのれん分けとして「大勝軒」を独立創業。「特製もりそば」を中心に人気を博す店となった。
1986年・・・妻の死により休業したが、客の強い要望を受けて復活。その後、弟子を取ることに方向を転換して100人の弟子を持ち暖簾分けもさせた。
2007年・・・3月20日池袋大勝軒閉店。
2017年・・・4月1日逝去(享年80歳)