東北の復興を、寄附で応援

2011年3月11日14時46分
今年であの日から7年の時が過ぎました。
震災を風化させない、忘れないために、
今年は被災地で働く「生産者」に焦点を当て
あの日からの想いをお伝えいただきました。

「皆さまの食卓においしいものを届けたい」

その想いで立ち上がった生産者たちを、
ふるさと納税で応援してみませんか。

■取材にご協力頂いた生産者のみなさま

【岩手県陸前高田市】鈴木栄・実津子さんご家族(カキ生産者)

【岩手県大槌町】田中信博さん(いくら生産者)

【岩手県大船渡市】及川廣章さん(いくら生産者)

【宮城県気仙沼市】畠山清さん(フカヒレ生産者)

【宮城県石巻市】高橋健さん(たらこ生産者)

【宮城県女川町】木村貴之さん(産品のブランディング)

【宮城県名取市】大友慎吾さん(お米生産者)

【宮城県山元町】深沼陽一さん(いちご生産者)

【福島県福島市】片平新一さん(モモ生産者)

 

岩手県陸前高田市

▼陸前高田市で「カキ」を生産する 鈴木栄・実津子さんご家族

■震災時、生産現場はどのような状況でしたか?
船や作業小屋、資材はもちろん、自宅も流されました。漁港に行くまでの道は瓦礫であふれ、漁港自体も地盤沈下の影響で満潮時には海水があふれて近づけない状況でした。

■どのように事業再開に至りましたか? 
・再開時期:2011年6月頃
年齢的にもまだまだ仕事ができるし、牡蠣漁師として頑張ろうという人達と共同で再開しました、本当にゼロからのスタートです。
使える道具を拾ったり、船は借りたりして、ボランティアの皆さんにも大変お世話になりました。

■みなさまへ一言お願いします
震災当時から今も全国の皆さんに応援いただき感謝の気持ちでいっぱいです。
皆さんの気持ちに応えるためにも美味しい牡蠣をお送りします。
ふるさと納税を通じて牡蠣を送った方からお手紙をいただいて励みになっています。

▼鈴木栄・実津子さんご夫婦が生産するお礼の品

〈数量限定〉【8年連続 初競り最高値!】鈴吉丸『 むき身 牡蠣 』Mサイズ 1kg (500g×2) 【2023年11月前半~4月前半発送】【 牡蠣 牡蛎 かき カキ むき身 牡蠣むき身 むき身牡蠣 牡蠣むいちゃいました 鈴吉丸 日本一 連続 初競り最高値 】

岩手県陸前高田市

21,000円

在庫: あり

【4月後半にお届け 三陸広田湾小友のむき身牡蠣1kg】

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岩手県陸前高田市の「選べるお礼の品一覧」はこちら

 

岩手県大槌町

▼大槌町で「いくら」を生産する 田中信博さん

■震災時、生産現場はどのような状況でしたか?
震災時、大槌漁港近くの港町地区にあった本社加工場は 作業場・冷蔵倉庫ともに基礎部分が残っていただけで跡形もなくなってしまいました。冷蔵倉庫に保管していた製品や原料も流出しました。

■どのように事業再開に至りましたか? 
・再開時期:2011年7月頃
震災当時、近隣の病院や高齢者施設に食材を納めていたため、早い対応が必要でした。同業者の施設の一部を借り7月には生産体制を整えました。その後11月初めまでに秋鮭の来遊に合わせて新加工場を整備し操業を再開しました。

■みなさまへ一言お願いします
大槌町吉里吉里地区の防潮堤建設に協力したために、弊社の新加工場は取り壊しを余儀なくされました。現在は厳しい状況下ではありますが よい商品を次世代につなげたいと思い、借りた加工場で操業しています。

▼田中信博さんが生産するお礼の品

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岩手県大船渡市

▼大船渡市で「いくら」を生産する 及川廣章さん

■震災時、生産現場はどのような状況でしたか?
工場は津波で全壊し、設備被害が5億円、4,000トンの水産加工品も全流出(被害3億円)したほか、社員1名が死亡しました。再開のメドが立たず、一旦全社員を解雇し、電気も水道も半年間使えず、耐え忍ぶ日々でした。

■どのように事業再開に至りましたか?
・再開時期:2011年9月頃
全国のボランティアの方々のご協力でガレキの撤去が終わり、仮設工場を立ち上げ、「お待ちになっているお客様に、三陸の美味しさをお届けすることで、ご恩返しをしたい」の思いで事業を再開しました。

■みなさまへ一言お願いします
ようやく三陸の「美味しい逸品」をお届けできるようになりました。感謝の気持ちと真心をいっぱい詰め込んでお届けいたします。

▼及川廣章さんが生産するお礼の品

品切れ中

三陸産 特選いくら醤油漬け200g

岩手県大船渡市

10,000円

在庫: なし

【三陸産 特選いくら醤油漬け200g】

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宮城県気仙沼市

▼気仙沼市で「フカヒレ」を生産する 畠山清さん

■震災時、生産現場はどのような状況でしたか?
気仙沼魚市場に隣接する加工場は建屋の基礎が一部残るだけで全流出しました。高台の生産拠点工場には18mの津波が押し寄せましたが、従業員と近隣住民はギリギリのところで難を逃れました。

■どのように事業再開に至りましたか?
・再開時期:2011年10月頃
多くの取引先様からの支援物資や激励を励みに、ライフラインが寸断したまま人海戦術で瓦礫を除け早々に業者へ再建の依頼ができました。震災1か月後には品川に工場を間借りし気仙沼の有志にて生産を再開、10月に本生産を開始しました。

■みなさまへ一言お願いします
多く皆様からのご支援・励ましの言葉を頂きながら着実に復興へと歩んでおります。海と山に囲まれた気仙沼は幾度と自然災害に見舞われてきた土地ですが多くの恩恵も与えてくれます。この恵みを皆様の食卓へ届けることが何よりの励みになっております。

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宮城県石巻市

▼石巻市で「たらこ」を生産する 高橋健さん

■震災時、生産現場はどのような状況でしたか?
発生直後の作業現場は騒然とし、津波の警報を受け、作業中の製品を保管庫に戻し、すべての従業員に帰宅を指示しました。当時の全ての製品や原料はお客様の元に届くことはありませんでした。

■どのように事業再開に至りましたか?
・再開時期:2011年5月頃
たらこの原材料と漬込む容器さえあれば製造はできるという原点に立ち帰り、どのような規模であれ、再開を決心しました。各地の取引先様を始め多くの応援のお陰で再びたらこの製造をすることが出来ました。

■みなさまへ一言お願いします
こちらのたらこ・辛子明太子は地元『石巻』で長らくご愛顧いただいていおり、そんな商品がふるさと納税を通して全国の寄付者様に召し上がって頂ける事を大変嬉しく思っています。

▼高橋健さんが生産するお礼の品

※このお礼の品は受付を終了しております

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宮城県女川町

▼女川町産品の「ブランド化」に取り組む 木村貴之さん

■震災時、現場はどのような状況でしたか?
震災で人口の1割、建物の八割が流出。震災から1年半後、町内の若手経営者6名の有志により復幸まちづくり女川合同会社を設立しました。

■どのように事業開始に至りましたか? 
・開始時期:2011年6月頃
女川町の産業の付加価値の向上を目的とした『女川ブランド』を構築し、販路拡大を図り、
外部への女川産品の情報発信を目的とした認定ブランド『あがいんおながわ』の立上、『女川町のギフト』の作成、
基幹産業である水産業を体験できる体験施設の運営等自立した運営体制を確立し、女川町の早期復幸の一助になることを目指しました。

■みなさまへ一言お願いします
女川町の「うまい」が味わえる『あがいんおながわ』認定商品を始め、作り手の思いが感じられる『女川町のギフト』、
被災沿岸地域の事業者や町内事業者とのコラボ商品等、女川町の『今』と『これから』を楽しめる品々です

▼木村貴之さんが生産するお礼の品

※このお礼の品は受付を終了しております

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宮城県名取市

▼名取市で「お米」を生産する 大友慎吾さん

■震災時、生産現場はどのような状況でしたか?
当時は、何も考えられませんでした。不安で、怖くて最悪なニュースばかりが耳に入ってくる。トラクターも家もぐちゃぐちゃで、そして大好きな田んぼもどうなっているのかわからない状態。それでも社長である父が3.11のあの夜、「また農業をやる」と言いました。3.11からしばらくは、どうやって生活するかしか考えられずにいましたが、その中でも、本当に少しづつですが営農再開へ向け動いていました。

■どのように事業再開に至りましたか?
・再開時期:2013年11月頃
農業をあきらめるつもりはもちろんありませんでしたが、土が変わると収穫量は通常の半分程度に減少します。しかし、ここの土は違いました。農家の信頼に応えるかのように、予想以上の土地の恵みをもたらしてくれました。また、たくさんの方からのバックアップもあり、米作りを再開することができました。

■みなさまへ一言お願いします
名取市にご寄附いただきありがとうございます。名取の土と水の豊かさが詰まった、噛むほどにうまみが増し、毎日食べても飽きのこない美味しいお米を、これからもお届けできるよう、全力で頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。

▼大友慎吾さんが生産するお礼の品

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宮城県山元町

▼山元町で「いちご」を生産する 深沼陽一さん

■震災時、生産現場はどのような状況でしたか?
私達家族がこれまで数十年(約40年)で作り上げてきた畑は再生ができないほどの壊滅的なダメージを受け、生産現場は何もなくなってしまい、地震後の生産はもちろんすべてが出来ず、これまで頑張ってきた父や母、叔父や叔母、友人や町の方々などの崩れ落ち悲しむ姿を見ているのが本当に辛く感じた事を今でも忘れる事ができません。

■どのように事業再開に至りましたか?
・再開時期:2011年11月頃
これまでの農業を続けていくのは難しく、これからはもっと農業自体も発展させて行くことで、復興に繋がっていくと強く確信し、株式会社燦燦園を設立しました。

■みなさまへ一言お願いします
私達燦燦園では、水や土・環境にこだわり、燦燦園独自の栽培方法でおいしい苺作りを日々考え、皆さんに喜んでもらえるように頑張っております。一粒一粒を大切に詰めましたので、是非食べて頂けたら嬉しく思います。

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福島県福島市

▼福島市で「モモ」を生産する 片平新一さん

■震災時、生産現場はどのような状況でしたか?
地震発生時はちょうど果樹の剪定作業を行っていました。花の咲く前のゆったりした時期です。大きな被害はなかったのですが、福島第一原子力発電所の事故があり店としては1週間全作業を休止しました。

■どのように事業再開に至りましたか? 
・再開時期:発生時1週間休んだ以外は継続
倒産するかもしれないという不安の中、体制は変えず除染作業を行いました。
2011年6月のさくらんぼは、出荷量が例年よりも95~6%減少し、出荷できなかったさくらんぼは腐らせるしかなかったです。

■みなさまへ一言お願いします
福島市のくだものを選んでいただき、心から感謝いたします。
震災以後、風評被害が深刻な福島のくだものを選んでくださることは、農家として心の励みになっています。どうもありがとうございます。

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